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10
「えっと……」
緊張して動悸が激しくなる。口もうまく回らなかった。
彼はなにか言いかけてそれを飲み込み、ついてこないで、と言って歩いていってしまった。
俺は言うことをきかず隣についた。
「千渡くん……。番組リタイアしていい? 俺電話するね」
「僕とここに居たくないなら、リタイアしたほうがいい」
「こんな状態じゃ、いたくてもいられないよ」
「……僕と仲良くなったのも、もしかして何か理由があるのか」
彼はちらりと俺を見る。
「え?」
「僕らが運命的に出会った夜のこと。僕が……酔って大学のベンチで寝ていて、きみが介抱してくれたあの日」
「あれはもちろん偶然だよ。千渡くんだってことは知ってたけど」
「知ってた?」
「だって有名人だったし」
「有名人、って」
「首席入学で、4か国語喋れるってことくらいは誰でも知ってる。入学式で挨拶もあったし、あの人だなってのはなんとなく認識してた」
「顔まで?」
「そうだよ。背も高いし目立つから」
彼は納得していないようで不満げだ。
「僕が有名人だから介抱したってこと?」
「そんなこと言ってない。具合が悪そうな人がいて、見たことある……人だったから声をかけた。全く知らない人だったらスルーしてたとは思う」
「学内では有名人だし背も高くて目立つ、4か国語できて、人物としておもしろそうだし、こいつがペアなら番組的にも採用されやすいだろうと思ったの?」
そう問われて、俺はようやく千渡くんが何に怒っているのか気づいた。
「そ……」
そんなわけない。
親しくなれるとすら思っていなかったんだから、そんな先のことまで考えているわけない。だけど下心が1ミリもなかったなんて、言えない。
千渡くんに興味を持ったのは彼が持っている経歴がおもしろそうだったからだ。彼への評判は割れているし実際はどんな人物か気になっていた。
でもそれはたぶん、画面のなかの娯楽番組を観る感覚とさほど変わらない。ゴシップ記事をつい読んでしまうのとも近い。だからこそ俺だって、友達から千渡くんの噂話を聞いていたんだ。
俺がうまく説明できずにいると、彼は言った。
「そうだとしたら、きみを軽蔑する」
「そ、そうじゃないよ!」
「今の沈黙は? また必死に言い訳でも考えていたんだろ」
「……千渡くんを番組に誘おうと思ったのは、出会ったずっとあとだよ。そんなこと頼めるほど、俺たち仲良くなかった。しばらくは、大学で挨拶しても素っ気なかった。酔い潰れてるとこ見られて、気まずいんだろうなって思ったし……、だから仲良くなれるって思わなかった」
「僕のタブレットを取り落とした件も」
「……それって、俺が千渡くんに構ってほしくて、わざと落としたって言いたいの? あれは千渡くんのリュックが開いてたのが、そもそもの原因じゃん」
大学、階段の踊り場。前を歩く千渡くんのリュックから落ちかけたタブレットを、俺が拾おうとして失敗し、再度手からこぼれて階段最下部まで転がり落ちていった事件のことだ。タブレットは2年の保証期間が過ぎており、買い替えになった。
あの時。半泣きの俺をよそに、千渡くんは一瞬たりとも俺を責めなかった。俺が拾おうとした最初の行動に礼を言ってくれた。友達でもなかったのに、一切なんの誤解も生まれなかったことに驚いたし、俺はたぶんその時から千渡くんに好意を抱いたのだ。
だから、今この話が出てきて疑われたのは本当に驚きで、つい言い返してしまった。彼は歩みを早めた。置いていかれそうになる。
「千渡くん! わかった話す!!」
そう彼に向かって怒鳴ると、数メートル先にいた彼は踵をかえして戻ってきた。
俺たちはホテルのロビーにいた。昨日窓ガラスが割れた場所だ。俺はため息をついた。
「……番組が流行っていたのは本当で、俺は大ファンだった。クラスでは俺が広めたのかってくらい。それで……そんな遠くない場所に番組に出てたのと似た場所があって」
「うん……」
「5年生の春に友達と二人で、行ってみようってことになった。早朝に出て、日帰りできる計画で……。準備ずっとしてたのに、前日に俺が高熱出して行けなくなった。当日は天気も最高で……、だから彼は不満だったみたいで。ちょっと下調べに見てくるって1人で行っちゃった」
「1人で?」
「山だったけど、下のほうは学校の遠足でも使われるような場所で身近だったんだよ。立ち入り禁止でもなかった」
「そうか……」
「彼はそこで足を骨折して、見つかるまで時間がかかったのもあって大問題になった。骨折は治っても、陸上とかバスケとか、足を酷使する運動はできなくなった。…………好きだったのに」
「君たちの計画は、親には話してあったの?」
「ううん」
「そうか……」
「うちは、なんとなくバレてたと思う。でも彼はすごく親と仲が悪かったから……」
「……今、彼とは?」
「彼が、中学受験するって塾に通いだしてから全然会わなくなった。合格した中学は離れたところだったから家も引っ越したんだ。それで、それっきり」
「そっか……。それって、……その怪我って君のせい?」
「最初に誘ったのが俺なんだよ」
「けれど彼は最終的に独断で行ってるんだろ。きみに脅されて下見にいったわけじゃないはずだ」
「そうだけど……! こんな番組さえ流行らなければ、わざわざあんなとこ行こうなんて思わない。興味も持たない」
「だから番組を潰したいのか……。そうか。その理由なら納得したよ。ただ、礼唯。きみの考えは少し偏ってる。それだけ流行っていたなら、きみたちの他にも、番組を真似して探検に行った小中学生のグループは結構な数いたんじゃないか? この問題の解決のために本当に必要なのは、番組を潰すことじゃなくて、きみとその彼の関係改善のほうじゃないか? 連絡を取って話し合うべきだよ。100万円は事情のある友達にあげたいって言っていたけど……、彼のこと? だとしたら、疎遠だったのに急に出ていって詫びに100万円あげるなんて、ただの自己満足にすぎない。怪我のあと彼がどう生きてきたのかっていう、彼の人生をまるごと無視してる。それこそ人によっては神経を逆撫でするようなーー」
俺は途中から話を聞いていなかった。正論をぶつけてくる千渡くんが憎い。様々な感情が押し寄せて気が狂いそうだった。探索用の重いライトを床に置き、走り去っていた。
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