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俺たちが挑むのは、スキーブームの頃に建設されたリゾートホテル。高速道路のインターチェンジや駅からの利便性が悪く、立地からして雪処理設備についても問題があったそうだ。それでも、当時は宣伝なんか必要ないほどに需要があって儲かったらしい。
バブルの好景気に後押しされ、内装設備に多額を投じたのがあだとなった。ブームが下火になると建物の管理維持が難しくなり、極めつけに傷害事件と自殺が立て続けに起こり、その風評被害も手伝って廃業に追い込まれた。
とはいえ基礎からしてずいぶん立派な建物だ。解体するにも多額の費用がかかることもあり、格安で別会社に譲渡され現状維持で放置されていた。
事件のほとぼりが冷めた頃には一部内装をリフォームして、近県の団体に安く貸し出されていた。
ーーーーといういわくつきの施設だ。ここは地元では有名な心霊スポットになっているらしい。
重いガラス戸を何枚か押して、俺たちは中へはいった。
今日は千渡くんがカメラを持ってくれるそうで、ニコニコしながら俺を撮影している。
ロビーはだだっ広く、ちょっとした運動会でも出来そうなくらいだ。
表面の加工が劣化したソファや、椅子。
大きなガラステーブル。調度品は外国製なのか、どれも大きくしっかりとしていた。アンティーク家具として高く売れそうだ。
「わぁ……」
俺はあたりを見回し、感嘆の息を漏らした。古くて寂れていても、かつて賑わっていた様子が想像出来るほどに何もかも規模が違う。
湿気があり、カビ臭い気がした。
見た目にはそぐわないほど空間が静まり返っている。
対面にある大きな縦長の窓からは午後の柔らかい自然光が差し込み、家具の輪郭を照らしている。俺たちも同じ光を浴びている。
「怖いというより、幻想的だ」
千渡くんは隣でそう頷きながら、180度をゆっくり撮影していた。
俺はスマホを取り出し、事前に送られてきたPDFを開いて行き先を確認する。
「俺らが寝起きするのは、右の扉から出て、通路を挟んで向こうの元レクリエーションルーム。そっちのフロアは、まだロケや集まりに使われているんだってさ。給湯室も浴室もある。電気はブレーカー上げ済み。基本的に右の建物にしか電気は通ってない。ガスは元栓をあけてくれって。暖房はエアコンと灯油ストーブ……? があるってさ。俺、たぶん使ったこと無いかも」
「僕はある、任せてよ。今のところそれを使うほど寒くはならなさそうだけど」
俺たちはロビーフロアを出て、先の見えない廊下を歩いた。電気がついてなかったので、全体的に薄暗い。
目的の部屋は名前が掲示してあったのですぐにわかる。
両開きのドアを恐る恐るあける。
そこは教室1つ分ほどの広さだった。入ってすぐに靴をぬぐスペースがあり、そこから一段高くなって畳敷きになっている。畳は白っぽくて清潔に見えた。壁のスイッチで電気がついた。
「わあ、全然綺麗だ!」
俺は思わず声を上げる。
「ほんとだ、いいね」」
壁際には背の低い本棚が一面に造り付けてある。
備品も残っているが、こざっぱりとしていた。ここがリフォームされた部屋の1つなのかもしれない。部屋の中央にはマットレスと寝具一式が重ねておいてあった。
天井のライトは、まさに教室みたいな横長の蛍光灯が連なっている。天井は高く、それがちょっと落ち着かない。
部屋の角には、俺たちが事前に送っておいた各自の荷物がダンボールが置いてあった。
さすがに1週間だから、背負えるもの以外にも日用品を規定量持ち込んでいいことになっている。
千渡くんはダンボールのそばにリュックを降ろしながら言う。
「あまりにも清潔そうで拍子抜けする。ここで寝起きするなら快適そうだ」
「うん。ちゃんと布団まであるなんて、俺たち相当ラッキーだよ。シュラフが配られる系かと思ったんだけど」
この番組には有名キャンプ用品メーカーが協賛している。千渡くんは言う。
「はあ。移動で結構疲れたな、お茶でも飲もうか?」
「そうだね」
「窓、カーテンがないのが気になるな」
「もとはブラインドがあったのかな? 金具だけ残ってる」
上の方にそれらしき痕跡があった。
俺たちは隣の給湯室に移動し、やかんに水を汲みお湯を沸かした。途中で電気ポットも発見して、それにお湯を入れて元の部屋に移動する。
俺は、自分が持ってきたお茶のセットから千渡くんの好きな銘柄を取り出し、封を切ってステンレスのカップにティーパックを浮かべる。
「はい、千渡くんの好きなミントティー」
彼の手に渡す。千渡くんは目を見開いて俺を見た。
「……ありがとう。ミントティーなんて持ってきたのか」
「違うメーカーのを飲んだらちょっと変な味だったけど、千渡くんのおすすめのこれは美味しかったよ」
千渡くんはステンレスのマグカップから立つ湯気に、鼻先を近づける。少しだけ口をつけ、それを隣の座卓に置くと、突然俺を抱きしめた。
「ちょっ……!」
「君って最高だ」
「千渡くん、カメラ」
千渡くんは俺のことを開放し、横に倒れたミニ三脚とアクションカメラを確認する。電源を切り、座卓の上に置いた。
「ちょっと落としたってことにしよう。こんな日常パートはそんなに映像いらないだろ」
「うん、まあ……。いや、どうなのかな」
肌寒いほどの気温なのに、俺は変な汗をかいていた。
実は、千渡くんに抱きしめられたのはこれが初めてじゃない。彼は友達の状態でもスキンシップ過多だった。
親しくなり始めた頃は、挨拶代わりにハグされそうになっていたので一度注意したこともあるくらいだ。
だけど……、最近じゃ俺も実は、そんなに悪くないなって思ってる。
千渡くんとの触れ合いがなんだか、ドキドキするというか、楽しいような気がしている。ここだけの話だ。
彼の体は、男のもだけれど自分と同じとは思えない。色っぽいなんていうと俗物的だけれど何かを感じる。
今日の昼ごはんは、道の駅で豪華な郷土料理をごちそうしてもらっていたから、あまり腹もすいていなかった。インスタント食品で済ませる。風呂はどうしようかと話し合い、シャワーもあったので簡単にすませた。
用意された布団は、クリーニングに出されたあとみたいにフカフカで、気持ちよく整っていた。
部屋の室内側。
荷物置き場のそばに俺たちは布団を並べる。
「過去放送じゃこんなに環境が整ってるの見たことないよ。シャワーまであるし……。俺、床にダンボール敷いてシュラフで寝るんだと思ってたから、ちょっと物足りないかも」
「ここだってもし一部リフォームされてなかったら、酷い部屋に泊まることになってたんだろう。ラッキーだった」
「それとも、環境がいい代わりにとんでもない幽霊がいたりして。覚悟しなくちゃ」
「それだと僕も活躍のしがいがある」
俺たちは軽口を言い合いながら床についた。
千渡くんはわりといつも平静で、強気で、確固たる自分を持っている。幽霊だって見たことないから信じていないのだという。
お化け屋敷もホラーも、幽霊もゾンビも平気。
深く考えずに誘ったけど、千渡くんは最強のパートナーだったのかもしれない。
***
深夜。
気づくと、腹部になにか感触があった。それはたぶん手のひらだった。
(え……)
手のひらは腹部や腰を撫でている。大きな手は、男のもので骨ばっていた。嫌な感じはしない。
肌を撫でられて心地が良かった。安心できた。
春の日にうたた寝をしているような、そんな気持ちよさ。
手のひらは次第に上へとあがってきて、胸を撫でた。やさしい手付きはくすぐったいというよりも、何か違う別の感覚を想起させる。
(気持ちいいな……)
撫でられることに慣れてぼんやりしていると、指は胸の突起に触れた。なぜか指先で擦られ続ける。やはり不快な感じはしなくて、ただ身を任せていた。
そうするのが当たり前みたいに。
普段、意識することもない胸のそれは、弄られるうちいつのまにか特殊な感覚を持つようになっていた。なんだかムズムズする。
腰が疼くような気がする。股間にも変化が……。
異常に気づいた頃にはもう手遅れだった。乳首を愛撫されることに、はっきりと快楽を見出していた。
(こんなところ……感じるんだ)
まるで大事なものみたいにそっと優しく、長い時間触られていた。刺激は微々たるもので、もう少しなにかしてほしいと思うが、それが何かはわからない。
いつしか、両方の乳首をいじられていた。指の間で挟まれて、やんわりと捏ねられている。
(なんか……これって、すごくエッチだ……。俺、こんなことされて……。感じてる……)
そう思った途端、腹部への違和感。もしかしなくても、股間が反応していた。
静かな快楽は、やがて全身へと広がっていった。
雄を扱かれているわけでもないのに、こんなに感じてしまっていることは少し恥ずかしくて、けれど好奇心も刺激した。
(気持ちいい。もっとすごいこと、したい……)
けれど、その先の行為には一向に進まない。もどかしさの中、弱い刺激が積み重なって、次第に体が高まっていく。
「君が、こんなにここが弱いなんて」
声がした。目をひらくと、俺のすぐ隣りにいたのは千渡くんだった。
「せ、千渡くん……なんで」
「リラックスしてほしくて」
「けど、これは……っ」
なにか言おうとしたが、乳首を捏ねられると気持ちよさになにも言えなくなってしまう。
「っ……」
「声、我慢することない。正直になって、自分を開放するんだ。ここには他に誰もいない。僕らを邪魔するものはなにもないよ」
「んっ……、う、だめ……」
「礼唯。気持ちよかったら、素直に感じていい」
「千渡くん……」
「ここ、気持ちいい?」
「っ……、うん、きもちい…い」
「そうだね……。わかるよ。きみが感じている証拠に、ここ」
そう言いながら、彼は愛撫の手を離した。
「あ……」
「感じたせいで、こんなにくっきりして主張してる」
彼の穏やかな声を聴きながら、早く愛撫を再開してほしいと思った。
手のひらは、肋骨のあたりに軽く添えられているだけ。
(千渡くんに見られてると思うと……興奮する……っ)
はやく、さっきみたいに指で乳首の先端を弄ってほしい。指の腹で優しくさすってほしい。さすがにそこまで口にするのは躊躇いがあり、焦らされたまま待っていた。
彼の指がまた乳首に触れたとき、気持ち良すぎて大きな声が漏れてしまった。電流でも走ったみたいに、背筋から腰までゾクゾクとした疼きが駆け抜ける。
その頃にはもう、俺は興奮しすぎて息切れしていた。
「千渡くんっ……。こんな……エロいこと、いいの……? 俺たち、友達なのに……」
「ごめん。触ってもいい……? 今更だけど」
「う……うん。いいよ。千渡くんなら」
「良かった。時間はたっぷりあるから、もっとしよう」
「あ、あっ……」
「きみの声、表情、仕草……。すべてが愛しい」
その言葉を受け止め、ただ目を閉じ、愛撫を受けていた。
(こんなに気持ちいいなんて、知らなかった……)
ホテルに来て早々こんな事になってしまったけれど、千渡くんとは、どのみちこうなっていたのかも。俺だって惹かれ始めているし、行為に興味もあった。
俺は漏れる声を気にしなくなった。確かに、こんなに周りを気にせずに済む状況もないだろう。
どのくらい時間が経ったのか。
(キスしてみたい)
千渡くんに触られながら、俺は次第にそんなことを考えるようになった。
こんな状態でキスしたら、恋人だろうか。
色々なことを踏まえ、千渡くんと恋人関係になるのは保留にしたほうがいいと、そう俺は考えているーー考えていた。こんな状態になるまでは。
利用するみたいで後味が悪いけど「挑戦に協力をする代わりに恋人候補に」と、最初に交渉事をはじめたのは千渡くんのほうだった。
薄暗くて壁の時計は見えない。スマホは枕元にあったはずだが、それを探す気にならなかった。
ただ、千渡くんと親密な時間を過ごしているという強い確信。それが溢れて限界を迎えそうになり、俺は言う。
「千渡くん、俺……。これ以上、したら、……かも」
「何……?」
「これ以上……千渡くんに乳首イジられたら、出ちゃう……」
「……やめる?」
「っ……、やめない…。やめないで」
とくに強い刺激があったわけでもない。激しい行為があったわけでもない。丁寧な愛撫の延長線上で、俺は体を震わせ、いつのまにか果てていた。
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