廃リゾートホテル1週間100万円BL

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4  リゾートホテルの本館は気が遠くなるような広さだった。  人里離れているせいもあってか、心霊スポットと言えどここに来るだけで大変なのだろう。廃墟として想像するような壁一面のらくがきや、謎のどろっとした液体が床にこぼれているとか、ぼろぼろの黒ずんだ布が散乱している等はなかった。驚くほどに。  汚い部分もあるにはあるが、眉を顰めたくなるようなものはない。  言葉で表現するならば、どちらかというと、時が止まったままの施設。  閉め切った窓のため、多少のカビ臭さは感じたが、難はそのくらいだ。  今日は俺がカメラ担当なので、千渡くんの後ろか、または斜め後ろからついていった。 千渡くんは大きな懐中電灯を手に持つ。  千渡くんは、ライトを点けた途端に吹き出した。 「これ、礼唯が用意したライト? 明るすぎる」 「うん。野外作業用ハイパワーのやつだから。ホームセンターで買ってきたんだ。電池は充電式」  俺がそう返すと、千渡くんはライトを点けたり消したりして笑っていた。なにかツボにはまったらしい。  俺のほうはカメラ優先なので、首にかけるタイプの小さなライトを身に着けていた。  廊下を歩くが、先をゆく千渡くんはちらちらと俺を振り返り、話しかけてくる。  あまり意識したことがなかったけど、こうして見るとカメラ越しの千渡くんは絵になる。  画面映えする。  この映像が放映されたとき、千渡くんはひとりの人物として興味を持たれるんじゃないだろうか。そんな気がした。  俺たちは覗ける部屋を片っ端から覗いていった。だが、どの部屋も荒れてはいないし、コメントするような目立つものもない。俺はつぶやく。 「……特に何もないね」 「ここ、どういう幽霊がでるんだっけ?」 「自殺した人の霊。従業員だよ。経営が傾いた時に、社長と揉めて解雇されて、その腹いせにここをいわく付きのホテルにしてやりたくて死んだんだってさ」 「これだけ大きなホテルなら、宿泊者の自殺って他にもありそうだけど。……事件性をもたせて報道させたかったのか」  千渡くんはつまらなそうに言った。 「僕は自殺したいと思ったことはないし、よくわからないよ。転職すれば解決する話に思える。嫌なヤツのためにわざわざ自殺するなんて、少し早計かな」  千渡くんは頭の回転が早いだけあって合理的である。あまり人に同情することもない。  発言の端々でこういうことがあるから大学で「冷たい」なんて言われていたんだろう。 「……当てつけっぽくして経営者に復讐したかったんだよ。死ぬほど思い詰めてたって、思わせたかったんだ」 「復讐か。もっと別の方法はありそうだけど。あ、もしも礼唯が就職した会社で揉めたら、すぐ僕に相談してほしい」 「なんで?」 「効果的な復讐を一緒に考えるし、協力したい」  俺は笑った。千渡くんがいれば、俺は万一ブラック企業に勤めてしまっても平気そうだ。  俺たちは軽口をたたき合いながら、先に進んでいった。  一階突き当り右に、大きな両開き扉があった。入ると広い空間。  左手に調理場と受け取り用のカウンター、右手には無数の長机と椅子が規則正しく並んでいる。最奥はガラスばりで、ドアからテラスに出られるみたいだ。俺はぐるりと見回してつぶやく。 「食堂っぽい」  大学の食堂と同じくらいの広さがあった。千渡くんは振り返って言う。 「こう広くて暗いと、さすがに雰囲気があるな」  俺たちはテラスまで向かうことにした。  ーーーーが、突如部屋が明るくなった。  天井の蛍光灯がついていた。全て。  俺たちは顔を見合わせる。 「礼唯、何か押した?」 「見ての通り部屋のド真ん中だよ」  俺は明るく照らされた食堂内を見回して驚く。  綺麗だ。  ちょっとテーブルを拭いて空気を入れ替えたら、すぐにでも利用できそう。俺は呟いた。 「こっちの棟は電気使えないって話だったよね。なんでだろう」 「僕らが泊まった管理棟がたまに使われているのなら、もしかしてこっちにも年一くらいでは業者が入ってるんじゃないのかな。それがたまたま先月だったとか? そして、ブレーカーを上げたまま帰ってなんらかの接触不良でいま点灯した、とか」 「うーん……。スイッチってどこ?」  探すと、出入り口側の壁、調理場との境目にパネルがあった。俺はそこまで戻ってスイッチをオンオフしてみる。操作したとおりに消灯し、点灯した。 「謎……」 「礼唯、外のテラスまで一度行ってみよう。もしかすると別の場所にもう一箇所スイッチがあるのかも」 「それを誰かが押したってこと? それはそれで怖いよ」  俺は苦笑いして、彼のあとに続いた。  テラスへのガラス戸は汚れで曇ってはいたが、その向こうに見えるウッドデッキは興味をひくものだ。  千渡くんが重いドアを押し開け、俺を先に出してくれた。視界は開けている。  あたりを見渡せる眺望スポットのようだ。立派な山脈が目に飛び込んでくる。 「わぁ、いいね」 「気持ちのいい景色だ」  千渡くんは、風になびいた前髪を直していた。俺はそこにカメラを向けた。 「千渡くんって絵になる」 「何?」  彼はそう言って俺と視線を合わせ、はにかんだ。なんだか可愛げがある。  俺が千渡くんと友達になれたのは、こういう部分があるからだろう。  いくら首席入学でも、4か国語がしゃべれても、ただの同世代の人間だ。  ウッドデッキをひと通り見てまわったが、収穫はない。俺たちは食堂内へ戻る。  調理場やカウンター。念のためテーブル下のアングルも撮影した。  最後に出入り口側のスイッチで電気を消し、食堂をあとにした。  二階より上はほとんどが似たような作りの客室だ。  一気に三階まで見てしまうと、正午も過ぎていた。  腹が空いたので、拠点に戻って昼ごはんを食べることにする。  まだ食料は豊富だ。焼きそばを作ることにして、二人で分担し調理する。昨日道の駅で買ったお団子も食べた。あまりにも平和だ。  この番組にはある程度のシナリオというものがある。  初日は感想をそのままに言い合い、就寝。  翌日から探索。  心霊現象とかオカルト話はすべて都市伝説レベルのものばかり。だから泊まり込んでも何も起こらない場合もある。  しかし、ただ楽に一週間寝起きして100万を貰えるほど甘くはない。  五日目までに何も事件が起こらず、撮れ高もなさそうな場合は、五日めに様子を見に来るスタッフに報告することになっている。  そして、嘘なのか嘘ではないのかグレーゾーンの出来事を起こしてもらい、それに対して演技する。それに納得する場合は出演料として、文句もつけ難いほどの充分な報酬がでる。そしてその後リタイアするのだ。これは、参加者には事前に通達されていた。  本当の心霊スポットに当たるか否か。  その人が霊を感じられるのか。送り込まれる場所によっての運要素も強いのだ。  結局は視聴率、視聴数のための娯楽番組づくりなのである。  やらせといえばやらせだが、長い番組なのでこの手法は周知の事実になっており、それでもロケ地の怖い雰囲気を味わいたくて、ファンがついてるような番組だ。  極端な話、実際に幽霊なんていなくたっていい。  怪奇現象のまえで喜怒哀楽する人間を、安全な場所から観覧したいだけ。  異変は午後に起こった。  俺達が昨日観察したロビーフロア。  その長方形の大きな……だいぶ厚みのある二重窓ガラスが、外側からなにか重い荷物でも投げ込まれたように、割れていたのである。室内に冷たい風が吹き込んでいた。  何かが落下したはずの場所にはガラスが飛散していた。   動くものが居て、今は去ったのだと示すように、不自然にガラスの破片が寄っていた。    
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