廃リゾートホテル1週間100万円BL

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 二人とも落ち着いてもうなんの動きもないけれど、千渡くんはまだ俺の腰を抱いている。俺はそれだけでも高揚したし、もっとなにかしたいような気がした。 「千渡くん……」 「ん……? 「気持ちよかった」 「僕もだよ、礼唯」  彼が覆いかぶさってきて、またキスが始まった。それを拒む理由なんてどこにもない。もっと触って欲しい。  この半年間、彼といるとき俺はなんだか楽だった。素直になれた。そうできたのは、彼が作ってくれる優しい雰囲気があったからだ。  ***    気づけば、カーテンの隙間から朝陽が差し込んでいる。スマホのアラームが小さく鳴っていた。  背中になにか触れている事に気づいて、振り返ると千渡くんだった。そしてお互いに裸だった。エアコンは一晩中つけっぱなしで、喉が渇いている。 (俺……)  思わず頭を抱えた。なんでこんなこと……いや。  一度布団から出て水を飲み、また布団へ戻って同じ位置に収まった。こんな心霊スポットで一体何をやってるんだと思うけど、俺は浮かれてた。前から親しかった人と、さらに親しくなれたのだ。  二度寝を楽しんでいると、やがて背後に動きがある。千渡くんは少し唸ったあと、ゆっくり身を起こした。 「おはよう、千渡くん」  そう声をかける。  彼は俺の顔を見て心底不思議そうにまばたきをしていた。それからお互いが裸なことに気づいたようだった。何も言わず、俺と同じように布団にもぐった。  彼は天井を見つめながら言う 「礼唯……。昨日のは、夢……じゃないよな」 「うん」 「最高だ」  横から抱きしめられて、俺の高揚は倍になった。  シャワーを浴び朝飯を食べ終え、館内の探索ついでに外に出て空気を吸った頃。俺は徐々に冷静さを取り戻していた。  後悔はしていない。けれど昨晩のことを思い出すと、頭を抱えて走り出したくなった。  気持ちよかった。  だけど割り切れない感情が残ってる。  こんな企画の参加中に、性的なことをしてしまった。  超常現象に遭遇した心細さから、人を頼った。  千渡くんが俺に恋してるなら、断られないだろうとわかっていて、誘った。弱みにつけ込んだも同然だ。 (俺って………)  千渡くんがホテルの周りを一周して戻ってきた。今日は彼がカメラを持っている。遠くから俺を撮影していた。  俺は自ら歩み寄って、千渡くんの手を握り、カメラを降ろさせる。ボタンを押して録画を止めた。 「なに?」 「俺、話さないといけないことがあるんだ」  そのまま、千渡くんの手を握った。 「この企画に出たかったのは、好きな番組だからじゃないんだ。本当はその真逆」 「え……?」 「この番組がヤラセだって証拠出して、炎上させて番組を潰したかった。そのために参加した」  大好きなのか、大嫌いなのか、もうよくわからない。あんなにドキドキして夢中になってた。俺はずっとこの番組に出たかった。大好きだった。すごく面白かったから。 「……本当?」 「うん……。だから、昨日あんなことがあって驚いてるよ。こんなはずじゃなかったんだ。幽霊なんかいないって、全部ヤラセだってことにしたかったのに。まさかこんなふうに、千渡くんを危険な目に合わせるなんて……。ごめん。これから連絡してリタイアしようと思ってる。騙して、巻き込んで本当にごめん」  居たたまれなくて、最後のほうは彼の目を見ることができなかった。  千渡くんはもとに戻ったから良かったけど、昨夜のあの手の冷たさは人間のものじゃない。  他の部分は、様々な可能性が考えられなくもないけど、あれだけはどう考えても現実だった。  あんな状態が続いたら、必ず身体がおかしくなるはずだ。幽霊に取り憑かれたまま動き続けて、体力を消耗したり病気になったり、果ては精神を病んで自傷行為に走って死んでしまうなんて話も、聴いたことがある。そんなこと、起こらないなんて言えない。 「礼唯……。番組を潰したいなんてそんな、どうして」 「その……」  俺は口籠った。性格の悪いやつだと思っただろう。嫌いな番組を褒めて、ADとあんなに仲良く話して。  本当は、事情を最後まで隠すつもりだった。軽蔑されそうだから。だから、恋人なんて込み入った関係にはなりたくなかった。 「礼唯。仮に炎上が上手くいっても、番組は潰れない。むしろ追い風になるんじゃないか」 「え……」 「視聴者は半分冗談だと思って、それでも楽しんで見てるんだろ? 全部ヤラセだって言ったところで、検証が始まってそれが宣伝になって、アクセスやメディア露出も増えるだろう。番組の後援はアウトドア用品メーカーと工務店。この番組がヤラセで有名になってもさほど影響のなさそうなジャンルだ。知名度アップのほうが得になると捉えるんじゃないかな。番組が終わるなら、トップの交代で企業方針が変わるか、番組関係者の不祥事……。他の類似コンテンツにパイを奪われるとか。それとこれは最悪なパターンをだけど、参加者の死亡事故」  俺は、顔を上げて千渡くんを見た。彼の表情は想像とは違った。その瞳には失望なんて浮かんでいない。 「それで、礼唯はなんで番組を潰したいと思ったの?」 「じ………事情があって」 「どういう事情?」 「うん……。ちょっと複雑で」 「いいよ、いくらでも聞くよ。ここじゃ寒いし、部屋に戻ろうか」 「千渡くん」 「なにか飲みながら」 「これって、言わなくちゃダメかな」  先に玄関へ歩いて行こうとした彼は、驚いた様子で俺を振り返る。 「僕は事情を知りたい」 「そうだよね」  リタイアに同意してもらって、それで済む話だと思っていたから、なんの心構えもできていなかった。 「……本当は俺、幽霊が大の苦手。だからこの番組も嫌いだったんだ。小学生のとき流行ったせいで、怖い話に付き合わされてすごく迷惑した」 「……なるほど。それで数年後には、選ばれるような熱意ある応募書類を書いてすごい倍率突破して、ヤラセの証拠を掴んで炎上させてやろうとしたのか」 「うん…………」 「これは、複雑な事情とは思えないけど」 「うん」  焦って墓穴を掘った。どうしていいのかわからなかった。 「礼唯。昨日のことはやっぱり同情? 僕に悪いと思っているからあんなことしたの?」 「同情じゃないよ。昨日のは、俺がああしたいって思ったから」  口では即答したが、やましいところはある。やはり彼の目を見られない。 「恋人になろうって話も?」 「うん、同情じゃない」 「信憑性がないな」  彼はそう呟いて、屋内へと歩き始めてしまった。 「千渡くん」 「事情は?」 「それは……」 「話してよ。僕に悪いと思ってるなら」  俺が黙っていると、千渡くんは大きなため息をついて苦笑いした。 「僕の浮かれよう」 「千渡くんの告白と、このことは関係ないし」 「関係ある。僕が言ったんだ、協力する代わりに恋人候補にしてほしいなんて。君がそこまで大きな気持ちを抱えてたとは知らなかったから、軽い駆け引きみたいなつもりだった。これをきっかけに意識してくれたら良いなって。僕は、礼唯の返答がなんだったとしても協力する気でいたよ」 「そうだったんだ……」 「これについては、僕も悪かった」 「そんな」 「少し頭を冷やしてくる」  彼がさらに足を早めたので、俺は小走りで追いかける。 「千渡くん。俺はほんとに、今回一緒に居て千渡くんが好きになったし。それだけは」 「ありがとう。だけど…だったら、もう何かをごまかすための嘘なんてつかないでほしい。きみの言葉が信じられなくなるから」 「ごめん」 「話してよ。どうして? 僕には聞く権利があると思う」  千渡くんの語気は強くなり、俺はそれに怯んでいた。彼のこんな様子見たことがなかった。
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