ドキドキ

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『とにかく身綺麗に、清潔に。下半身、完璧に洗え』 風俗デビューにあたり、頂いたアドバイスは清潔第一。 普段から、短髪だけど、一応、前日に、仕事終わりに散髪に行こう。 問題は下半身。たぶん、僕のアレは仮性包茎なんだけど、これはどうしたらいい? 綺麗に洗っておけば大丈夫? 陰毛の処理とかってどうしたら? 悩みが尽きない。 『あほ、バカ、死ね、知るか。質問箱で尋ねてろ』 『了解です。すいません、すごく緊張、どうしたらよいのか、わからなくて。女性に触れるのって、小学校の運動会で手をつないだ時、以来かも』 日に数回、僕たちは短いやり取りをする。この1年はそんな感じ。長時間、語り合うことは随分と減った。寂しいような、普通っぽくて、健全なような。 『相手、プロでしょ。漂う童貞臭を嗅ぎとって、てきとーにあしらってくれるから大丈夫。余計な心配無用』 って、まあまあ優しさ溢れる言葉をかけて頂く。 外国みたいにハグする文化がないと、家族にも触れたりしないわけで。小学生ぐらいまではあったとしても。僕は、両親と今も一緒に暮らしているけど、身体に触れた覚え、ありません。あと30年ぐらい経ったら、介護とかでふれまくるかもしれないけどさ。 仕事でも、上司に肩をポン、「頑張って」的な意味で、叩かれた時ぐらいか。接触したのって。 普通の人って、皆、そんなたやすく、他人に触れてるものですか? それともう一つ、以前に比べれば、改善しつつあるけれど、基本、話すの苦手。なので、この問題も一応相談。 『何か話したりするのかな? 母と会社の事務の人と、コンビニの店員さん以外の女性と話すの久々』 『アホ。店員とのトークを会話にするな。よく、いろいろとすっ飛ばして、SEXしようって気になったもんだね、このコミュ障が』 『いや、SEXじゃないです。そういうお店は都内まで出ないと難しそうなので、そうじゃなくて・・・本番とかはなしの、あ、本番というのは』 『アホ、バカ、死ね。風俗業態解説いらん』 デリバリーヘルス、HOTELとかで行為に及ぶ風俗業態では、本番行為はNGなわけで。都内まで出て、ソープランドって所へ行けば、そういう行為にもおよべるってことが、今回、学習できたこと。 『ねぇ、質問がある』 『はい?』 『なんで、お前みたいなコミュ障が、右手が一番の友達の奴がさ、リアルな世界に行こうとするの? 二十歳男子の性欲が、お前を変えさせるわけ?』 ですよね。他人と接するのが苦手な僕が、異性と部屋で過ごすってどれだけ恐れ多いことか。おっしゃる通り、人格をも変えさせる性欲の力を、確かに下半身から感じる。でも、これは十代半ばからずっとあるもので、飼いならせていないわけじゃない。他にも、いろいろと、やっぱりあって。 『・・・・長くなります』 『手短にお願い』 『一言でなら心境の変化』 『その変化した理由が聞きたいって言ってんの』 まともに性教育を受けてないからか。僕は性=欲望のような感じで、捉えているところがありまして。そして欲望=罪というような倫理観がそれとなくあって。これをどうやって、手短に上手く伝えたものか。 『性って欲望というか、悪いというか、汚いイメージが自分の中にあって、うまく言えないけど、欲望の最前線みたいな感じがあって、興味あるのに、独りで毎日、処理してるのに、いや、だからこそかな、いやらしさと倫理観がずっとせめぎあってて』 『・・・何を言っているのか、よくわからないが、性に対して否定的なことは、わかった』 何て言ったらいいのか、学校で上手くいかなかった僕は、誰かと子供を作る行為に対して、その資格がないんじゃないかって思ってた。 でも、二十歳まで生きてきて、仕事も随分慣れてきて、教えたりもするようになって、貯金も数百万たまったりして、そういうのが全部相まって、妙な変な自信が、少しづつ僕を変えている気がする。 お前はそこまで、ダメな男ではないって、普通に生きていけるかもって。 『30過ぎの同僚の机に写真があって、最近、産まれた赤ちゃんなんですよ』 『子供のため、パパは辛い仕事も頑張る感じ?』 『ですね。その人、転職してきて1年かな。正直、仕事できないし、見た目もパッとしないし、トークが上手いわけでもなくて』 『いいとこなしかー』 『そうなんです。不思議です」 『不思議ってお前』 『この人が結婚できて、子供も育てられるなら、僕にだって、可能なんじゃないかって思ったりして』 ポンポンと言葉を交わしていたのに、けっこう長いスパンの空白があった。どうした? トイレにでも行ったかな? 『お前、やっぱりヤな奴だー』 『え?』 『そのパパより、俺の方がすごいってか。はは、最低だなお前』 『いや・・・その、一般的な、普通の生活をしてもいい資格が、僕にもあるんじゃないかと思うだけで、そんな』  指摘されてわかる自分の醜さ。仕事ができない年上の人を見下してる。僕は6年間、毎日やってるんだから、できて当たり前なわけで。 『お前が最低なのはわかったけどさ、それと風俗の繋がりが全く理解できないや。でも、もういいや。面白くないー』 『・・・何か、変わるかもって』 『はぁ? 女が苦手なのを? それで風俗?』 『まぁ、そうです』 『アホ。克服の方法、間違ってる』 『まぁ、それは自分でもなんとなく』 『結婚したいなら、マッチングアプリとか。結婚相談所へ行け』  結婚とかの前に、なんとなく僕の中にある劣等感や変な倫理観を壊してほしい気持ちがあって。それなりに楽しく過ごせたら、性に対する僕のアプローチも変わるんじゃないかって思って。 『やっぱり、やめておいた方がいい?』 『はは、別に行ったらいいけどさ。お前、アホだから忠告ね、いつか誰かと付き合うとして、その人に店ですること求めたら、絶対にアウト』 『それは流石にないです。そこまで馬鹿じゃないし。AV鵜呑みにはしませんて』 『はは。しかし、お前が結婚とか、子供とかって生活を夢見てるって、びっくり』 『ですよね』 『はは。みんな死ねって、人類滅亡を望んでた奴がねー』 だって、あの頃、僕はこの世界に上手く適応できなくて。ずっと不必要な存在だと思ってたから。生きていく自信がまるでなかったから。
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