1.没落貴族の俺と、謎の男

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 ただ一人泣き続ける俺の側で、両親と長兄は話しをしていた。……内容は、今後のお金をどうするかということだった。  そう、このルキエ男爵家に財産などなかった。生活費はすべて次兄が出してくれていた。次兄の稼ぎだけが、この家を支えていたのだ。 「ったく、せめて大金でも遺していけばいいものを……」  長兄が、小さくそう呟いたのがわかった。……許せなかった。  お前の所為で兄さんは死んだんだ。そう言いたかった。なのに、言えなかった。ただ唇をわなわなと震わせて、涙を零すことしか出来なかった。 「そうよね。それに、殺すのならばこの子ではなくユーグにすればよかったのに。そうすれば、私たちに影響なんてなかったのに」  さらには、母のその言葉が俺の胸を抉った。母に視線を向ける。……母は、こんな顔だっただろうか? 「使用人たちには全員暇を出しましょう。そうじゃないと、生活出来ないわ」 「けれど、屋敷のことは誰がするんだ?」  母の言葉に長兄がそう返す。母は、俺のことを見た。 「この出来損ないのユーグに任せればいいでしょう。こういうときくらいにしか、役に立ちそうにないもの」  吐き捨てるように投げつけられた言葉。……ショックもなにも、感じなかった。涙一粒、出なかった。 (兄さん……)  兄さんが、生きていてくれたら。きっと、俺を庇ってくれた。だけど、もう兄さんはいない。  ……俺の頭を優しく撫でてくれた兄さんは、もうこの世にいない。  あれから三年後。ルキエ男爵家は財政難で没落した。別に悲しくなんてなかった。むしろ、清々した。  両親も長兄も、俺のことを痛めつけるばかりだったから。役に立たないのならば捨てる。何度も何度も脅すようにそう言われた。けれど、俺はどうしてかこの家に縋っていた。  ――いつかは愛してくれる。俺のことをしっかりと見てくれる。  淡い期待をしては、裏切られて。壊されて。気が付いたら、なににも期待しない男になった。  ただ、頭の中の根本には『見捨てられたくない』という気持ちがあった。そう、つまり、俺は――大層面倒な男に育ってしまったのだ。
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