知らない人

4/4
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「ね、誰なん?」  聞かれても。状況を詳しく知りたがる菜月に、「知らん」と、答えるほかはない。 「あの人は祥吾のこと知っているみたいやったやん。あんなに、泣いてはったのに。祥吾って、薄情やな」  非難の目で見られた。  最悪や。結局、食堂の昼ご飯はすっかり冷めていた。あの女性が何処の誰か、自分の記憶を総ざらいしていたから、味わって食べられなかった。裕也と当番で、美術室に戻ったときには、クラスメイトやクラブの面々が沢山来ていて、 「きれいな女の人が会いに来たんやって?」とか、 「女の人を泣かせたんやって?」とか、  あることないこと、さんざん質問された。あの現場を見ていた人たちが、それぞれ想像でしゃべったのだろう。 「大丈夫か?」  裕也に心配されながら、放課後家路についた。文化祭は明日もある。あの女性はまた来るのだろうか。ゲンナリする。  最寄りの駅で裕也と別れて、家に向かう。  この駅前も、小学生のころとは随分変わった。本屋さんやお弁当屋さんがなくなって、タクシー乗り場やバス停のあるロータリーに整備された。  景色が変わって、寂しいといえば寂しい。親に連れられ、よく来ていた本屋。おつかいを頼まれた弁当屋。そういうお店があった景色はもう二度と見ることができない。また見たいなあ、と思うときはあるけど、あんなに、「会いたい」って、思うかな?イタイ女だ。  僕のこと知っている感じだったけど、どこの人だろう?  家の前まで帰ってきた。向かいの家は新築洋風の一戸建てになっている。僕の家は、築20年を超えた白い壁の家。マジックミラーの窓が二階部分に二つある。思わず、今日の女性の顔に見えて、立ち止まった。  女性がこの家なら、僕のことを知っていて当然。向かいの家を描いていたことを知っていても不思議じゃない。  自分の家なのに、食い入るように見た。  まさかな。  僕は息を一つ吐いて、玄関ドアを開けた。 「ただいま」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!