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二つ目は、彼氏の話だ。
彼氏の祐介から別れ話をされたのは、母からの電話の数分後だった。スマホの画面に表示された祐介の名前と、祐介専用の着信音を、私はぼんやりと見つめていた。彼の用事が何かは分からないが、父の話をするべきか迷っていた。
決断できないままコールが4周目に入った時、やっと通話ボタンを押した。
「愛香、別れよう」
電話越しの声は、少しだけ震えていた。私は体の熱がゆっくりと下がっていくのを感じた。口から出たのは、「そっか」という一言だけだった。
「引き止めないんだね」
「……」
「そういうところが、俺はつらかったよ」
私は何も言えずに、無言でいるしかなかった。
「愛香のこと本当に大好きだったし、付き合ったことを後悔したことは一度もないよ。でも、これからのことを考えたら、すごく、つらい」
祐介の声に、私を責め立てる色はなかった。ただ、自分の心の事実を淡々と告げているだけに、何も言い返すことができなかった。
「最初は愛香の不器用さも好きだったよ。でも、もう難しくなった」
思わず壁にもたれかかった。
「不器用さを受け止められるくらい、良い男じゃなくて、ごめん」
祐介が通話を切ろうとする気配がした。最後に、何か言わなくちゃ。
「祐介」
「何?」
その短い応答に、ほんの少しの期待があることに気づいてしまい、頭の中が真っ白になる。
「……元気でね」
出てきたのは、そんな情けなくて、陳腐な言葉だけだった。
「愛香も、元気で」
祐介の声は震えていた。通話はそこで終わった。私は最後の最後まで、彼が望んでいたものを何もあげることができなかった。
涙は出なかった。現実とは思えない、あっけない終わり。
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