私と、彼らの話

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 まず二つの話をしよう。どちらも、私と、私にとって大切なはずの男性の話だ。  一つ目は、父の話だ。  父が亡くなったという話を聞いたのは、梅雨が明けて間もない時だった。電話をかけてきた母の声に感情はなかった。寝室で心臓発作で倒れ、その日のうちに帰らぬ人になったと、母は淡々と告げていた。 「お通夜には来れそう?」 「ごめん、難しいかも」 「分かった。こっちはお姉ちゃんと準備するから、気にし過ぎないでね」  そう言って、通話は切れた。突然のことで一番負担がかかっているだろうに、母は相変わらず母だった。  実家に帰るのは10年ぶりになるのだと、ふと気づいた。高校を卒業した私は、そのまま他県の中小企業に入社した。父は私を大学に入れたがっていたが、遅れてやってきた反抗期のせいで、進学をする気はなかった。  父は厳格だった。食事作法においても、勉強においても、他の生活においても、厳しいジャッジが常に付きまとった。大声や暴力で威圧する人ではなかったが、父から一度もほめられたことがなかった。  私は父が笑っているところを見たことはない。母がよく笑う人だったので、それで何とか家庭内のバランスは取れていたが、私は父が同じ家にいるだけで呼吸することさえ難しく感じた。  姉は思春期になると反発して、キィキィと怒りの声をあげたが、父はそれさえ淡々と受け流しているような人だった。私は姉のような度胸はなかったので、大学には行かずに就職し、実家には帰省しないという、ささやかな反抗しかできなかった。  それでも30歳も前にしたことだし、そろそろ実家に顔を出しに行こうかと思っていた矢先に、母からの電話だ。後悔はいつだって後からやってくる。
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