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①
青年の名はアンヘル、その意味は天使。
どんな雑踏の中でも頭一つ高く、黒々とした髪と顎髭で彼とわかる。
バイクに乗った村の郵便配達人。
いつもにこやかで穏やかな彼を、村の誰もが親しみを込めて、髭の天使さんと呼んだ。
アンヘルは、夏の日が落ちると、一人小高い丘に立つ。
涼やかに風が流れ、見おろす村の灯がひとつ、またひとつと灯り始める。
髭の天使アンヘルは、今夜も笛を吹く。
横笛を構え、歌口に唇をあてて、ささやくように息を出す。
まろやかでこもったような低い音が風に運ばれて行く。
アンヘルは、数曲演奏し終えると、草地に座って水筒のコーヒーを飲む。
「まだ、まだ……練習しないと」
村の灯を眺めてつぶやいた。
「オラ、お若い人!」
背後から、声がした。低いハスキーボイス。
今まで、夜ここに来る人はいなかった。
どこの物好きだろうと振りむく。
満月が辺りを照らしている。
波打つ漆黒の長い髪。濃い眉が精悍な印象を与えるが、微笑んでいる顔は優しい。深紅のキャミソールに黒いレギンス。アンヘルがこの村で、初めて見る人だった。
「こ、こんばんは……」
アンヘルは、笑顔を返すのが精一杯。
「こんなにいい所があったんだ。初めまして。あたしはカルメン」
アンヘルの隣に座る。
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