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翌日、カルメンとの約束を果たすため、アンヘルは丘のブランコを管理している老人の家を訪れた。老管理人は、裏庭で(のこ)()いてブランコの修理をしている。 「オラ(こんにちは)、ホセさん。丘のブランコの事で頼みがあってきました」 「おう、アンヘル。朝早くから珍しいな。どうしたってんだ」 額ににじむ汗を腕でぬぐって、ホセは体を伸ばした。 アンヘルは、昨夜カルメンに会ったことを話した。カルメンがエアリアルフープの大道芸人だということ。芸の練習を丘の上でしたいこと。 そして練習のために、ブランコの支柱を使わせてほしいと頼んだ。 「そっか。わしは、そのエアリアル……何たらとか言うのは見た事ねえが、お前が責任を持って、見といてくれるなら別に構わんぜ」 グビっと瓶の水を飲む。 「ありがとう。カルメンさん、喜ぶよ」 「お前も嬉しそうだな。その、女芸人ってのは美人なのか」 「え、まあ、人前で芸をする人だから。魅力的な人ですね」 「そっか、そっか。まあ、お前もおっかさんと2人暮らしだ。うまくやんなよ」 「何をうまくやるんですか」 もちろん、ホセの言わんとする意味は分かっている。 所帯(しょたい)を持って、母を安心させろということだ。 確かにカルメンは美人で魅力的だ。でも、昨日会ったばかり。それに聞いてはいないが、夫や子どもだっているかもしれない。なによりも人前で芸をすることを生業(なりわい)とする人だ。こんな田舎の村で我慢できるわけがない。喜んでこの地にとどまっているのは、静かな修道院のシスターたちぐらいだ。 ホセに礼を言って、アンヘルは、郵便配達の仕事につく。
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