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青年の名はアンヘル、その意味は天使。 どんな雑踏の中でも頭一つ高く、黒々とした髪と顎髭(あごひげ)で彼とわかる。 バイクに乗った村の郵便配達人。 いつもにこやかで穏やかな彼を、村の誰もが親しみを込めて、髭の天使さんと呼んだ。 アンヘルは、夏の日が落ちると、一人小高い丘に立つ。 涼やかに風が流れ、見おろす村の(ともしび)がひとつ、またひとつと灯り始める。 髭の天使アンヘルは、今夜も笛を吹く。 横笛を構え、歌口に唇をあてて、ささやくように息を出す。 まろやかでこもったような低い音が風に運ばれて行く。 アンヘルは、数曲演奏し終えると、草地に座って水筒のコーヒーを飲む。 「まだ、まだ……練習しないと」 村の灯を眺めてつぶやいた。 「オラ(やあ)、お若い人!」 背後から、声がした。低いハスキーボイス。 今まで、夜ここに来る人はいなかった。 どこの物好きだろうと振りむく。 満月が辺りを照らしている。 波打つ漆黒の長い髪。濃い眉が精悍な印象を与えるが、微笑んでいる顔は優しい。深紅のキャミソールに黒いレギンス。アンヘルがこの村で、初めて見る人だった。 「こ、こんばんは……」 アンヘルは、笑顔を返すのが精一杯。 「こんなにいい所があったんだ。初めまして。あたしはカルメン」 アンヘルの隣に座る。
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