会わせ屋~あなたに会いたい人に会わせます~

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 黒いドアの向こうは、三階までまっすぐに階段が続いていた。二階部分は空きテナントらしく、踊り場にあったドアは固く閉ざされていた。照明は隅々まで明るく照らすには力不足で、一歩進むごとに不安が募っていく。  薄暗い雰囲気を誤魔化すように、香芝は鼻歌を歌っていた。曲名はわからないが、懐かしさを覚える。どこか遠い国の民謡だっただろうか。歩調とぴったりと合っているせいで、緩めることも立ち止まることもできない。  突き当りのドアに到達する頃には軽く、ううん。すっかり息が上がっていた。 「疑り深いのですね」  すりガラスに会わせ屋と書かれたドアの前で、香芝はぽつりとつぶやいた。 「ご案内する前に、勘違いをされているようなので一つ訂正をしておきます。  会わせ屋は、会いたい人に会わせるお店ではありません。あなたに会いたいと願っている方と、あなたを会わせるお店です」 「は? それって何の意味があるんですか?」  ここまで昇らせておいて詐欺か? と語気が強くなる。  香芝はその時を待っていたかのように、ゆっくりとドアを開けた。甘いフレバーティーの香りが漂う。色とりどりの生花が飾られた店内は明るく、エステサロンのような居心地の良さを感じさせた。  促されるままにソファに腰を下ろすと、想像以上のやわらかさに包まれた。驚いている間に、ローテーブルに紅茶が二つ用意される。  香芝の後ろには扉が三つ並んでいた。一つは給湯室、もう一つはお手洗いと書かれている。残る一つは。 「結婚は、愛するよりも愛される方がしあわせになれると言うでしょう? あなたが会いたいと願っている相手よりも、あなたに会いたいと願っている相手に会う方が心が満たされると思いませんか?」 「そういうものでしょうか?」  嫌でも態度が軟化してしまう。紅茶に口をつけると、ほっと息を吐いた。私は悪い魔法を掛けられてしまったのかもしれない。
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