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「あなたが会いたいと願っている相手が、あなたに会いたいと思っているとは限りませんよね。もしも拒絶されたらと思うと、怖くはありませんか?」
「そう考えると、……そうかもしれません」
「ええ」
反対に、私に会いたいと願ってくれている相手なら、私を歓迎してくれるだろう。替えのきく社会の歯車として生きている私にとって、それは酷く甘美な出会いだ。
「でも。私に会いたいと願っている人を、あなたはどうやって探すのですか?」
「企業秘密です」
香芝はゆったりと紅茶を飲み下して、ティーカップをソーサーに戻した。丁重にもてなされてはいるが、私と香芝の立場は対等に感じられた。
「適当にでっちあげることができるじゃないですか」
「まさか。ご安心ください。お代は後払いとなっております。ご満足いただけない場合は支払いを拒否いただいて構いません。
それでも、でっちあげだと思われますか?」
私は、さきほどの夫婦の表情を思い出していた。奥さんは目元に涙をいっぱい浮かべて、今にも泣きそうな顔で笑っていた。彼らは一体、誰に出会ったのだろう。
「仮にそうだとしても、あんなふうに誰かを笑顔にできるなら素敵なこと……だとは思います」
「やはり信じてくださいませんか」
香芝はまゆを下げ、かすかに口の端を持ち上げた。悲しげでありながら、うれしそうにも見える。
「だって、現実的じゃない」
「今さら現実味を求めます?」
香芝はソファの背もたれに寄り掛かり、長い脚を組んだ。尊大な態度を取られているが、やっと本性を見せてくれたという安堵の方が上回る。
「……そうですね。どう考えてもこの建物の構造は、外観以上に広くてあり得ない。確実に私は四、五階分の階段を昇って来た。それに、私はここから出て行く夫婦は見たけれど、彼らが出会った相手を見ていない」
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