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「そうですね。入口から店の入り口までの距離は、あなたと私の心の距離です。あと少し猜疑心が強ければ、あなたは途中で私を見失っていたでしょう。
けれど、あなたの中にはこの店に対する期待もあった」
「見失っていたら、どうなったのです?」
「永遠に階段に閉じ込められる。なんてことはありませんよ。ただ、一階の入り口に戻るだけです。
そもそも、この店に入る気のない方に看板が見えることはありません。基本的にあり得ない話です」
何があっても、信じられないなどとは言えなくなっていた。信じさせられているのではない。私が信じたいんだ。不思議な出来事を、乾いた心を潤してくれる何かを、私はずっと待ち望んでいたんだ。
「この扉の向こうに、あなたに会いたいと願っている方がいます」
香芝は立ち上がり、背後の扉を指し示した。
「え……。さっきのお客さんたちは予約だって言ってたじゃないですが、どうしてすぐに相手に会わせることができるんですか?」
「先ほどのお客様は、心の準備をされるために再度ご来店されたのです。本来、準備など必要ありません。
ここは会わせ屋であり、私がその店の店長なのですから」
説得力なんかあるはずがない言葉に、強烈に惹きつけられる。彼は事実しか述べていない。ここが会わせ屋であることも、彼が店長であることも、私が客であることもまごうことなき事実だ。
「会いますか? 会いませんか?」
誰がこの扉の向こうにいて、なぜ私に会いたいのかはわからない。けれど、誰かに会いたいと願われることは幸いだ。他の誰でもなく、私に会いたいと願われているのだから。
「会います」
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