パワフルお母さんはあなたに会いたい

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「さっちゃん、朝よ。学校はどうするの?」  カギのかかった部屋の中から微かに物音がするが、返事はなかった。 「もう……」  ほとほと困り果てて立ちすくむ。  娘がひきこもりだしたのは昨日からだ。  花も恥じらう女子高生だというのに……。 「お母さんお仕事だから行ってくるけど。お昼は冷蔵庫の中にあるから。それから、帰りに何か買ってきてあげましょうか?」  扉にくっついて訊くと。  ……別に。ほっといて。  微かに元気のない声が返ってきた。  どこかほっと溜息が出る。 「それができたらお母さんはお母さんしてないわ。帰りに駅前のケーキ買ってくるから楽しみに待っててね」  それだけ言い残して、扉から離れる。 「こんな時、父親がいればよかったのかしらね……」  私はもどかしさを抱えながらスーツに裾を通して会社へ向かった。    空が夕焼けの色に染まる前に退社し、その足で駅前のケーキ屋さんと近所のスーパーに寄って自宅へ戻る。 「ただいま~」  いつもならお帰りと返ってくる娘の声はない。  部屋の奥に引きこもってしまっているのだから当たり前か。  着替えと軽く家事をして、冷蔵庫をチェック。 「……あの子、お昼ご飯も食べなかったのね」  心配が増した。  駅前のケーキ屋さんで大人気のショートケーキを持って、私は再び娘の部屋の前へ。 「さっちゃ――」  指の甲で扉を叩こうとした私の耳に、部屋の向こうから微かな嗚咽が届いた。  ……う、うう。  食いしばるような泣き声。  流石にもうダメだった。 「さっちゃん、今この扉を蹴り開けるから、近づかないでね?」  床にケーキを置いて、深呼吸をして構えをとる。  こう見えて私はサッカーやテニス、武道全般からクライミングまで、若い頃様々なスポーツをかじってきた。  空手もその一つだ。  扉の向こうから慌てたような声が返ってくる。 「ま、まってまってお母さん! 扉の修繕費とか考えて。お母さんが頑張って働いたお金をこんなことに使わないで……」  まあ! 「自分がつらいときに人のことを考えられるなんて……いい子に育ってくれてお母さん嬉しいわ。でも私はあなたの顔を見てお話がしたいの。だからここを開けてくれる?」 「……」  しばらく考え込むような無言があった。 「無理だよ。お母さんには話せない」  返ってきたのは諦めがまじった吐息。 「じゃあここを蹴り開けるわね」  再び構えをとり。  レッツ回し蹴り、と腰をひねった時だった。 「関係ないでしょ!! 放っといてよ!! 勝手に開けたら嫌いになるから!!」   嫌いになるから、嫌いになるから、嫌いになるから、きらいになるから……。 「さ、さっちゃん……そんな、わたし、どうしたら……」  私はその場にへたり込んだ。  そんなこと言われたらなにもできないじゃない……。  と、思ったけど、私にはまだクライミングで鍛えた登坂力があった。  深夜も過ぎた頃。  家の外に出た私はレンガ壁の凸凹に指と足先を掛けてクライミングを始めた。  冬の壁面は冷たいが、刺すような冷たい風と空気は人々に外出を控えさせるので、自分の家の壁を登るなんて奇行も覆い隠してくれる。   登るたびに、あかぎれの指先から血が吹き出すが、どうでもよかった。  私は、娘の涙の真意が知りたい。  そのためならどんなことだってできる。 「まだ、起きているのは扉の隙間から光が漏れたからわかってるわ。一目でいいの、一目見て、その涙が致命的なものでないとわかればそれで……」  指と足先の力で垂直に垂直に、娘の部屋がある二階の窓へと。  ほのかな灯りが外に漏れている。  窓のサッシに指が届いた。 「…………」  そーっと、部屋の中を覗き込むと……薄暗い部屋の中、衣装ダンスの傍で布団にくるまってうずくまる娘の姿が。  いや、あれは……。  ガラララ!  窓が開いた。 「お母さん、私言ったよねお母さんに話すことはないって……」 「変わり身の術とは、我が娘ながらやるわね……」 「お母さんの馬鹿」  見上げると娘は瞼を真っ赤に腫らして、頬には涙の跡が残っていた。  私は窓から部屋に上がりこみ、気丈に見上げてくる娘を抱きしめた。 「可哀想に、何があったの? お母さんじゃ頼りないのかもしれない、解決できないかもしれない。でも話してほしい。一緒に悩んだり悲しんだりは出来る。だって私はあなたのお母さんだもの」  冷たい夜風がレースのカーテンを揺らす。  娘は私の胸元に顔をうずめぎゅっと抱きしめ返してきた。 「あのね」  震える体で、まだ迷いのある声音で一言。 「うん」  私は頭を撫でながら続きを待つ。  決心がついたのかか細い言葉が紡ぎ出された。 「私、告白したの。でもフラれちゃって……お母さんもお父さんに逃げられたからこんな話するの可哀想かなって、黙ってたのに……それなのにお母さんが窓から来ちゃうから」  私は絶句した。  話せなかったのは話したくないからじゃなくて、話をすることで私を傷付けないようにするためだったのだ。  なんていい子……。  ひしと私は力強く娘を抱きしめる。 「お母さん、いたい……」 「大丈夫、大丈夫よ、私にとってのすべてはさっちゃんなの。だからね、大丈夫。悩みがあったらお母さんに全て話してごらんなさい? あと、あなたを振った男の子について教えなさい?」  娘は小さい頃に砂場で転んで大泣きした時のように泣きじゃくり出した。 「うん、うん……!」  優しく背中を撫でながら、私は思う。 「こんないい子を泣かすなんて……」  そんな男血祭りにあげてやるぅ!!  私は月に誓った。
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