僕はドラゴンになりたい

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 いつか日常は必ず戻ってくる。奇跡は起こる。椿には希望を持ってほしかったし、僕もそう信じたかった。  だから僕は毎日楽しい話をした。椿もその時だけは笑ってくれた。その甲斐あって「ばいばい」ではなく「また明日」と言ってくれるようになった。また明日、が永遠に続くのならば、僕は他に何もいらない。  だが、この世に神様なんていない。病魔は椿を蝕んでいった。 「そろそろかな」  椿がある日、ぽつりと呟いた。 「ねえ、最期だから言うね。陸に銀行強盗のお願いしに行ったの、半分は陸ならなんとかしてくれるんじゃないかって信じてたからだけど、もう半分はただ最期に会いたかっただけなの」 「最期なんて言うなよ! 頼むよ、僕は椿が好きなんだ!」  僕は叫んだ。言わないつもりだったのに。告白をしてしまったら、もう僕たちに時間は残されていないと認めてしまうような気がしたから。 「あはは、やっぱり私たち最強の相棒だね。私も同じこと言おうとしてた。私も、ずっと陸が好きだったよ」  かすれた声で椿が言う。僕は今にも泣きそうなのに、椿は微笑んでいる。 「生きてたら色々あるかもしれないけどさ、陸は私にとってはずっとドラゴンみたいに強くてかっこいい男の子だったよ。私の最期の願いをかなえてくれた時も。初めて助けてくれた時も」  椿と二人で麗の願いを叶えた日、僕は少しだけ自分のことを好きになれた気がした。誰かのために本気になれる自分も、ドラゴンになれると無邪気に信じていた過去の自分も悪くないと思えたのだ。 「それは、椿が、いたから」  僕は必死で声を絞り出した。 「だから、これからも陸は陸らしく生きてほしいな。ずっと、私が好きになった陸のままでいてね、約束だよ」  僕が握りしめた椿の手には全く力が入っていなかった。椿の声が消えそうに小さくなっていく。 「ばいばい、陸」  その言葉を最後に、椿は目を閉じた。 「椿、おい、椿!」  大声で呼び掛けても揺すっても椿はピクリとも動かなかった。僕は泣いた。泣きながら何度も椿の名前を呼んだ。  すぐに医師が来て、僕は病室を追い出された。僕はこれが最期だなんて認めない。 「またな、椿」  これは別れの言葉じゃない。再会の約束だ。  椿は翌日もその次の日も目を覚まさなかった。椿の心臓は動いているのに、椿の魂はここではないどこかの世界に行ってしまった。  でも、いつまでも泣いてはいられない。 「母さん、今日から復学するよ。今まで心配かけてごめんなさい」  久しぶりに制服を着て、母に頭を下げる。 「お願いがあるんだ。これから母さんの言うこと、何でも聞くから」  何でも、なんて白紙の契約書にサインするようなものだ。でも、僕には叶えたい未来がある。 「医学部に行かせてください!」  母は僕のお願いを了承してくれたが、医者を目指すのは修羅の道だ。くじけそうになった時、僕は卒園式の動画を見返している。画面の中では幼い椿が天真爛漫な笑顔で将来の夢を語っている。 「私の夢は魔法少女です。ドラゴンになった陸と一緒に、魔法で困っている人を助けてあげたいです」  僕のバカげた夢を笑わないでくれたのは椿だけだった。僕はドラゴンにはなれなかったけれど、椿は麗の願いを叶える魔法の相棒に僕を選んでくれたのだ。あの日、椿は確かに魔法少女だった。  僕はドラゴンになりたい。世界中の悪い病気を殲滅する無敵の竜になりたい。僕が愛した魔法少女との約束を果たすために。君の笑顔にもう一度会うために。
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