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犬だなんて思えなかった。
こんな、醜悪で悍ましいものが。
吐き気が宮岡を襲った。決して臭気によるものではない。あの異形から発せられる瘴気のようなものが、宮岡の生命を根源から揺さぶっているのだ。
「リク! 戻りなさい、ハウス!」
香世と母が口々に叫ぶ。だが、リクと呼ばれた異形は言うことを聞かなかった。二人を守るように立ちはだかり、宮岡に向かってゴポゴポと唸り声を上げている。
「佐々木さん、これは」
「うるさいわね、帰ってよ! あなたには関係ないでしょう!」
「そういう訳にはいきません。だって、この子は……佐々木さん!」
唐突に、母親が息を詰まらせる。掌に吐き出したのは、血の塊だった。
「あ……」
「ママ! 大丈夫? しっかりして!」
駆け寄った香世の双眸からも、血の涙が滴り落ちた。それを見た母親は絶叫する。
「香世!」
「お母さん。もう、ダメです。リクはもう生前の彼じゃない。怪異と呼ばれる存在です」
宮岡は静かにそう述べながら、懐からあるものを取り出した。六発分のシリンダーに細い発射口の付いたそれは、見紛うことなくリボルバー銃だ。
その銃口を真っすぐ異形へ突き付けて。
「すぐに退治する必要があります。これ以上は、ご家族の身に危害が及ぶ」
「だっ、ダメ!」
今度は香世が異形を庇う番だった。両手を広げ、リクだったものの前に立つ。
「リクは大切な家族だもん! 酷いことしないでください!」
「そ……そうです。やめてください。警察を呼びますよ」
「呼ばない方がいいですよ。怪異を匿うのは条例違反行為です。あなた方がもっと不利になるだけだ」
宮岡は僅かに銃口を下げながら、香世と目を合わせた。
「香世ちゃん。この子は一度死んでしまったんだろう? どうやって戻って来たんだい?」
「……コンビニの駐車場に、いたの。いつも散歩の時に繋いでいたところに」
「その時既に、生前のリクの姿はしていなかっただろう。おかしいとは思わなかったの?」
「だって、一目でリクだってわかったから。姿かたちが変わっても、この子はリクだよ」
「そうだね。確かにこの子はリクだ。でも、死んだものは生き返らない――生き返っては、いけないんだよ」
香世が俯いて唇を噛む。
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