親父のお話

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 俺は休みをとった。朝の高速バスに乗り込み浜松の実家へと向かう。帰るのは気が重い、それでも何故か、絵本の事が気になって仕方なかった。それは、このお話に覚えがあったからだ。これは俺が親父と一緒に作った話。それがなぜ、今、絵本なんかになって……  高速道路を走るバスから、過ぎゆく景色を眺めていると、不意に昔の事を思い出した。    ○  波の音が聞こえる。  まだ俺が小さかったころ、そう小学校低学年のころまでは、親父が良く釣りに連れて行ってくれた。無口で厳しい親父らしい趣味で、二人で黙々と釣るのだが、たまにまったく当たりがこず暇な時は流石に気まずかったのか、少し気をつかってくれた。 「和馬、お話ごっこでもするか」 「うん」  親父らしくない提案だった。きっと子供を遊ばせる道具が何もない中で、何とか思いついたのが、この『お話しごっこ』だったのだろう。  きらいじゃなかった。むしろこの時は、威圧感のある親父ではなかったので、心がホッとやすらいだ。いつもはちょっとした事で怒る親父が、この時は多少バカなことを言っても、受け止めてくれた。    いつだったか? その中の話で、卵が冒険に出る話を考えた事があった。 「じゃあ、そのたまごは『マーゴ』という名前にしよ」 「マーゴ?」  親父の口から似合ない言葉が出てきて、プッと笑ってしまった。 「笑うな!」 「……はい」 「卵のマーゴはお母さん鶏の下で寝てたけど、『外が見たい』って、ヒヨコになる前に飛び出した。そしたら、パリパリって卵の殻が割れて」 「え、割れたら卵しんじゃうよ」 「そしたら、パリパリって殻が割れて、中から手足を生やした卵が、また出てきたぞ」 「どゆこと? ゆでたまご?」 「はい、パス。次、和馬が考え」 「ええっ? どうなるの?」 「それを和馬が考えるんだ」 「……そしたら、マーゴは起き上がると、キョロキョロあたりを見渡して、楽しそうな外に走っていきました。そとの草むらの中で自分とは違う小さな卵を見つけました」 「そうか。なるほど。じゃ、このお話は、卵のマーゴが色んな卵を見に行く旅にしようかな。な」 「うん」  このあとマーゴは世界の卵を見てまわり、最後にはドラゴンの卵にたどり着く。 「まずい、お母さんドラゴンが目を覚ましたぞ! 炎がボワー、ボワー」  親父が、柄にもなくドラゴン役をあんまり一生懸命やるから、俺もつい夢中になって「焼けるー、助けてー!」って叫んだな。そしたら、通りがかったおっちゃんに変な目で見られたのを思い出した。でも、親父は意に介さず話を続けて。 「その時、バサバサっと音がしたと思ったら、お父さん鶏が空から降りてきた。そしてマーゴを乗せると、ドラゴンの炎の間を抜けてビューと飛んで行きました!」 「えっ? お父ちゃん? 鶏って空飛べるの?」 「鶏だって必要なら空飛ぶさ、ハハ」 「ハハハ」  そうか、鶏も飛ぶのか。   ○
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