親父のお話

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「お客さん、着きましたよ」  俺は運転手に起こされてハッと目を覚ました。  バスを降りると潮の香りがした。先月、親父の葬式で戻ってきたばっかりだと言うのに懐かしい感じがする。  実家の前で大きく呼吸をし気持ちを落ち着けた後、インターホンを鳴らした。返答はなく、しばらくしてガチャリと扉が開いた。 「和馬……」  出てきた母が少し驚いた様子で言葉を続ける。 「どうしたの? 急に」 「ああ、まあ」  俺は何と答えていいか分からず、そのまま黙っていると、奥の部屋から妹の声が聞こえてきた。 「もしかして、お兄ちゃん帰ってきた?」  陽気な妹のその声に、俺は何だか居心地の悪さを覚え、そのまま立ち去ろうとした。    その俺の腕をサッと母がつかむ。 「せっかくだから、上がっていきなさい。ご飯は食べたの? 今晩は泊まるんでしょ?」  お葬式の時以来の帰省だ。その前戻ったのは、いったいいつになるか……  俺の部屋は姪の部屋になっているので、親父の部屋に荷物をおく。 「和馬、何か、形見にもってくものあったら選んどきなさい」 「俺は別に何も……」 「ここも片付けるから」  母は、そう言うと台所の方へと入っていった。 「親父の部屋にいい思い出はなかった」    ○  パチンっと平手打ちの音が響く。  大学二年生だったころの俺は、ここで親父に何度も叩かれた。 「いい加減にしろ! 大学にも行かず、いつまであんな奴らと遊んで。挙句に事故まで起こしやがって! あんな奴らと付き合うな」 「うっせえ! 勝手だろ!」  確かに、その頃連んでた奴らは、清く正しく生きてる奴らじゃなかったさ。でも、それは俺も同じだろ。どうして人のせいにする? その頃からはいつも喧嘩ばかりだ。そして俺は「旅に出る」と書き置きを残して家を出た。まあ良くある話だ。    ○
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