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「そうよ。認知症よ」
リビングでデザインの仕事をしていた妹がはっきりと言った。
「どうして、教えてくれなかったんだ」
「お父さんがお兄ちゃんには教えるなって」
「そんな格好つけるような事じゃないだろ」
母がすぐに台所から来て俺の前に立った。
「違うわよ。お父さん和馬に心配かけないように思ってでしょ。和馬のことを思って」
うまく皆んなの言葉を受け止める事ができず。ただ俺の心に激しい雨粒がぶつかって大きな音を立てていた。
「言ったわよ。私。まだお父さんの認知症がひどくなかった頃。でも、気にもかけなかったでしょ」
「でも、そこまで酷くは」
「お兄ちゃん、お父さんが脳溢血で倒れて、意識無くなってからしか知らないから」
「……」
「そんな悲しそうな顔しないでよね。みんなで楽しくやってたんだから。大変だったけど、悲しいことなんか何もなかった」
「……」
「認知症の改善にね。自分史作るといいんだって。お父さん、自分史作る代わりに、昔を思い出してお話作るようになって。昔してくれた、お話をいろいろ…… あの無口なお父さんが、お話作る時は楽しそうに……、いつも、楽しそうに話してくれたよね」
「……」
「ねえ、お父さんのこと教えたら、お兄ちゃん来た? 何かした? ずっとお世話してたのは私、お兄ちゃんじゃない。一度でも来たら良かったのに。たった、一度でも」
妹の言うことはいつも正しい。正しいから言葉は痛く、深く深く胸をえぐる。
俺は、いたたまれず降りしきる雨の中、外に飛び出した。冷たい雨の中を、そのまま傘もささずに歩き続けた。
そうだよ。俺はいつも何もできねえよ。やらねえし。クズだし、逃げるし。間違っちゃいねえ。でも、……そんな色眼鏡かけるなよ。全てをそんな色眼鏡で見るなよ。それが全てじゃないだろ。
それなのに、……そんな色眼鏡かけるから、俺も色眼鏡かけちまったんだよ。親父のことをちゃんと見れなかったよ。
○
病室に響く心電図の音。
俺は親父の最後に何も声をかけることができなかった。ただ毛布から飛び出した冷たい親父の足を、黙ってさすり続けた。
○
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