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第十二話 執行人
(カラスが……しゃべってる!?)
私は驚きのあまり声を荒げる。
実際には荒げた声も口を塞ぐ影に吸収されてしまったいるが、感覚としてはそれくらいの声を出していただろう。
丁度窓の鍵がかかっていなかったのだろうか、窓の縁にいたカラスは両開きの窓を開け部屋の中へ入り、そのまま拘束された私の横へ降り立った。
カラスはその黒い瞳でまじまじと私の体を上から下へと見渡すと、ふむと何かに納得したかのような声を出した。
「なるほど。エーナ様、おそらく今貴女は何かに体を拘束されて身動きがとれなくなっていますね?」
カラスは流暢な人語をその小さな口から発しそう尋ねてくる。
私はその言葉に返事を返そうとするがやはり口を塞がれているせいか何かをしゃべっろうとしても声が口から漏れだす事はない。
「失礼、口まで塞がれているのですか。
先にこれまでに何が起きたのかを聞きたかったのですが……致し方ないですね」
ぶつぶつとカラスはそんなことを呟くと改めて私の顔を見据える。
「とりあえずは貴女を自由にして差し上げるのが先決ですが今しばらくお待ちを。
まだ家主がこの家から出て行っていないようなのでね」
カラスはそう語りかけると再び窓の縁へと羽ばたき、まじまじと外の様子をうかがっている。そうやって暫くしていると部屋の外から人の足音とどこかの大きな扉が開き閉じるような音が聞こえてきた。
ガチャ、と恐らく鍵をかけたであろう金属音がわずかにこの部屋まで響いた後、それ以降音が聞こえることはなく屋敷は静寂で満たされた。
そして窓にいたカラスは何かを見届けたのか再び私の横へと降り立ち嘴を開いた。
「家主とその付き人はこの家から出て行ったようです。
さて、彼女達が戻ってくる前に縛られている貴女を解放してさしあげなければ」
カラスは私の顔へと頭を近づけてその黒い瞳の先を私へと向ける。
「いいですか、この鳥の瞳を見てください。
目を逸らさず、じっと、瞳の奥を覗くように」
本当にそうしていいのか、私には一瞬の躊躇いが生まれた。
けれど、今私にできる選択しは他にはなく、ほんの少し躊躇を振りきり、言われたようにその瞳を覗き込んだ。
その瞳を見つめる。
漆黒の瞳に私の顔が映る。
私はその瞳の奥を覗くように深く、深く、見つめ返す。
その時だった。カラスの瞳の奥に何かが、赤い光が見えた。
光はゆらゆらと蠢く炎の様で、少しづつだが徐々に大きくなっていく。
そして次の瞬間、光から弾けるように何かが飛び出した。
それは光描かれた何かの文字、または記号のような物の羅列でそれは勢いよくこちらへ向かい私の瞳へと飛び込んできた。
私は顔を守るように思わず目背け手で覆ってしまう。
「うわっ!!何今の!?ちょっと、びっくりするじゃないの!!」
私は体を起こしカラスへ向かって怒鳴ってしまう。
「すいません、今できる方法としてはこれしかなくて。
でもどうやら体が動くようになったみたいですね」
「え?そういえば私今普通に喋れてるし、動けてる……?」
驚きで気づけなかったが私はベットから体を起こし喋れるようになっていた。
手を何度か閉じて開いたり、体を捻ってみるが特に違和感はなく体を不自由なく動かせるようになっている。
「どうですか、何か違和感などはありますか?」
「……とりあえず特にないみたいだけど、えっと、ありごとうございますその……カラスさん?」
「いえ、無事の様でなによりです。
さていろいろ聞きたい事もあるでしょうがとりあえずはこの家から出ましょうか。
話はそれから致しましょう」
「そっそうね、とりあえずここから出ないと……ってどうやって出ればいいんだろう?」
「方法としてはそこの窓から飛び降りるか玄関から素直に出ていくかですが」
そういってカラスは窓を見つめる。
「ここ二階だから飛び降りれない事もないかもしれないけど、
かといって玄関から出ていくと鍵を閉められないからウルの家が不用心になっちゃうし……」
「あのエーナ様、一応貴女はかの令嬢に危険な目に合わされているわけで、友人の家防犯事情を慮る気持ちもわかりますが一旦は自分の身を最優先に致しませんか?」
「確かにそう言われればそうね……」
不思議そうに顔を傾けるカラスからそう言われて、内心で確かにそうだ、と相槌を打ち納得してしまう。とにかく今は自分の身に危険が迫っている状況である。
私は多少の罪悪感を抱えながらも素直に玄関の鍵を開けて外へと出ていくことにした。
「それではエーナ様、私の後についてきてください」
ウルの家を後にした私はカラスに後をついてくるように言われ、目の前を飛ぶカラスを追いかけて小走りに村をかけていた。
あのカラスに聞きたい事は山ほどあるが、とりあえずはウルの家から離れる事は先決である。私が家からいなくなっている事を知れば彼女はすぐ私を探しにでるだろう。
そんな不安を胸にカラス追いかけていると自分がいつも歩きなれている道を走っている事に気づく。
そうこの道は家路、自分の家に向かう道だ。
つまりこの先にあるのは。
「もしかして目的地って私の家?」
その言葉が口から出たときにはもう少し先に見慣れた我が家が見えるところだった。
そしてカラスは家の付近へとたどり着くと高度を下げ玄関の扉に見える人影の元へと降り立つ。
家に近づくにつれ、その人影の姿が露わになっていく。
長身の男だ。黒と赤で飾られた見たことのない装飾や刺繍が施された黒いスーツ。
この村で見る事はまずない気品にを感じさせる美貌。
私はこの人を知っている。
私は最近この見慣れない人物にあったばかりだ。
「えっと確か、アルバートさん?」
「はい、またお会いしましたねエーナ様」
家の前にいた人影の主、アルバートは腕にカラスと止めにっこりと笑みを浮かべそう挨拶を返した。
「そのカラス、アルバートさんのカラスだったんですか?」
「ええ、私の数少ない友人ですよ。
もっとも、先ほどまで喋っていたのは彼ではないですが」
カラスは相槌のようにカァカァと人の言葉ではなくただの鳴き声を発した。
「彼は少し特別でして、詳細を語ると長くなりますが彼は私と視界を共有したり私の変わりに私の思う言葉を発する事ができます。先ほどは彼の体を借りて私が会話しておりました。ですのでエーナ様の事情は大体把握しておりますよ」
「カラスの体を借りる……?なんかもういろいろわけのわからない事が多すぎて頭が痛くなってきた……」
「本当はいろいろ詳しくご教授してあげたい所ですが、すいませんが今はそうも言っていられません。エーナ様、申し訳ありませんがご協力していただきたい事がございます」
そう言って先程の笑みとは打って変わり彼は真面目な顔つきで私の方を見た。
「協力って何を?」
「エーナ様には先ほどエーナ様に魔法をかけていたご友人であるウル様からとある情報を聞き出して欲しいのです」
「ウルから情報って、あの、どういう事ですか?」
「先程貴女は彼女に魔法をかけられて動けなくなっていましたね?
あれは精神に干渉する初歩的な暗示魔法なのです。あの魔法は実際に体を動けないように縛るのではなく術を掛けた相手の心に干渉してまるで動けないように縛れているという認識を植え付ける、そういった魔法なのです」
「そうだったんだ、本当に魔法で縛られているわけじゃなかったのね……」
「はい、ですので彼を介してでも貴女の縛りを解く事ができました。
さて、本題に入りますがエーナ様は魔法をかけられた時、ウル様が手に持っていた黒く細長い箱を見ましたね?」
黒い細長い箱、私はウルが手に持っていた謎の紋様の描かれたあの黒い箱をを思い出す。
『これを持って使いたい魔法を念じるとその魔法が使えるみたいなの』
確か彼女がこう言ってたあの箱の事だろう。
「見ました、これで魔法が使えるんだって私に見せていてたと思います」
「あの黒い箱は魔装具と言って、魔法使いが簡単な魔法を箱に封じる事により魔法の行使を素早く行う事目的としたものです」
「あの箱ってそんな便利道具だったんだ……」
「はい。ですがその性質上、魔法の種類にもよりますがある程度の魔力を持った者であればたとえ魔法を学ばなくとも魔装具を用いて術を行使する事が可能なのです。
本来であれば魔法を学んでいない者が所有したりそれを資格のないものに譲渡する事は禁じられているのですが、近頃そういった資格の無い人物が魔装具を悪用し問題を引き起こす事件が王都で少なからず起きるようになってきているのです」
今までの印象からは想像もできない険しい表情で彼はそう私に説明した。
魔法が使える便利な道具、そんなもがあるという事への驚きとそう言った道具による問題が発生しているという事に目を丸くする。
「どうやら金銭を得るために一部の魔法使いたちが一般人を相手に高額で売りつけているみたいなのです。おそらく今回エーナ様のご友人、ウル様が使った魔装具についても王都でそういった規律を破った無法者共から手に入れたのでしょう。
そしてここからがエーナ様に協力をお願いしたい事なのですが、彼女からその魔装具の入手方法を聞き出して欲しいのです」
「えーと、私からウルにその道具をどこから手に入れたか聞いてほしいって事ですか?いやでも私さっき魔装具っていう奴であの子に襲われたばっかりで事情を聞く前にまた動けなくされるのがオチですよ?」
「そこはご心配なく。あの魔法には簡単な対応方法がありますのでそちらをご教授致しましょう」
「なるほど、それなら大丈夫……じゃなくて、どうして私にそのお願いを?
といよりアルバートさん、どうしてそんなことを調べてるんですか。
私さっきからわからない事だらけで何をどう判断していいか……」
先程から流れ込むような未知の情報の数々に私は精一杯の整理でどうにか理解しようと思考をフル回転させていた。
ウルの事、人の言葉を操るカラス事、魔法を使う事の出来る道具の事。
この数日、自分には知り得ない未知の出来事が息をつく暇もなく起き、私はどう何を判断すればその基準を失っていた。
彼だってそうだ。先日アメリーの家で会った時、彼は考古学者だと名乗っていた。そんな彼が突然魔法について語りその問題についての調査協力を申し出てきた。
私にはもはや正常な判断をする事ができない。
そうやって狼狽えている私を見て、彼は少し表情を緩め私に言葉をかける。
「申し訳ございませんエーナ様。貴女にはいろいろな事を説明しておらず混乱するのも無理はありません。そうですね、詳しい事情を説明する前にまずは私のが何者かについてご説明しておきましょう」
彼は背筋を整えたあと軽く咳払いを口を開く。
「私の名前はアルバート・カトル。王都所属の考古学者にして魔法協会、その執行機関に所属する執行者です」
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