第五話 王都からの来訪者

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第五話 王都からの来訪者

「申し訳ございません、連絡も無しに尋ねたてきてしまったのにお茶まで出していただいて」 「そうお気になさらずに。アルバートさんにはよくお世話になってますから」 茶菓子を用意しながらアメリーは、アルバートと呼んでいる青年にそう微笑みかけた。 そんな光景を横に私はまたも茶菓子を黙々と口に運んではカップに口を付けていた。 私はアメリーの家の一室でメンバーを入れ替えての3度目のお茶の真っ最中である。 見ての通り、先ほど訪ねてきたこの男性はアメリーの知人でも会ったらしい。 「しかしよかったのですか、見たところ先ほどまでご友人方と一緒に談笑していたのでは? 「大丈夫ですよ。ちょうどお開きになるところでしたので」 結局あの後ウルはこの男性と入れ替わりになるようにこの家を後にした。 あのままここにいても恐らくアメリーと険悪な雰囲気が続くだけだったタイミングとしてはよかったのかもしれない。 ただ帰りがけに 『じゃあねエーナ、また今度。……楽しみにしているから』 と、例の件に関して再度念を押してきたため私の問題としては全く解決してない。 結局今日は断るタイミングを見つける事ができなかっため、明日ちゃんとその事を伝えなければ。 そうこう考えていると、アメリーは自分の分のお茶を意するし終わり席に付いていた。 「紹介するわね。彼は……」 「いえアメリー様、自己紹介くらいは私が致します」 そういって男性は口に付けていたカップを机に置くとゆっくりと私の方へ顔を向ける。 なんというか、間近で見ると本当に、作り物みたいに整えられた顔だ。 たぶん絵本とかお話とか、そういうのに出てくる創造上の美男子というのはこういう顔をしているのかもしれない。 「私の名前はアルバート・カトル。王都で考古学者をしている者です。どうぞ、よろしくお願いします」 彼はそう名乗りながら軽く会釈をする。 それにつられてわたしもどうも、と口にしながら頭を下げた。 「学者さん、だったんですね。少し派手な服装だったんで、てっきり貴族の方だと思いました」 「この服は私の所属している研究所の制服の様なものでして。勘違いさせてしまったのなら申し訳ございません。そういえば、お嬢さんはアメリー様のご友人だったのですね。客人の対応をされていたので、てっきり私はこの家の使用人かと」 「いやその、はは……」 事情を知るはずのない彼に悪気がないのはわかっているが使用人という単語を聞いてつい苦笑いを浮かべてしまう。 「アルバートさんは父の知り合いでね、私が王都にいる時に色々と助けてくださった恩人なの」 「恩人とはまた大層な。そんな大したことはしていませんよ。何分しがない考古学者ですので。あまり一般の方々の役に立つような知識や技術は持ち合わせていなくて」 「そんな謙遜しないでください。本当に、あの時といいあなたにはいろいろお世話になって……」 二人は顔を見合わせてお互いにふふっと優しく微笑み合う。 わたしそっちのけなこのやり取りを見ている限りだとどうやら非常に仲がいいようだ。 ウルがいたときはあんなに強張っていたアメリーの顔は嘘のように明るく優しい。 彼女がこんな顔を覗かせているということは、おそらく彼の事をそれくらい信頼しているのだろう。 でもなんか、私がここに居るのってちょっと場違い……? 「そういえば、まだお嬢さんの名前を伺っておりませんでした。もしよろしいのであれば教えていただけないでしょうか?」 そういえばさっきはつられてお辞儀をしただけで名前を名乗る忘れていた。 「えっと、エーナ・ラヴァトーラって言います。よろしくお願します」 こちらも丁寧にと、深々と頭彼に下げて挨拶をする。 「エーナ、ラヴァトーラ……、そうですかあなたが」 「え?」 彼、アルバート・カトルは私の名前を聞くとしげしげと私の事を観察するように眺める。 なるほど、と小さく呟きながら何かを納得したように顎に手を当てて小さくうなずいている。 何を納得しているのだろうか。 「いえ、あなたの事はよくアメリーが聞かされていましたので。魔法使いを目指している可愛らしい友人がいるとね」 「ちょっとアメリー!なんで他人にそんな事教えてるのよ!?」 私は顔中が耳の先まで赤くなるかのような錯覚を覚えた。 知らない所で自分のはずかしい過去、いや現在かもしれないが、そうい言った事を他人が知っているのはとても恥ずかしく感じてしまう。 「別にいいでしょう。そんな恥ずかしがるような事でもないんだから」 「私は凄く恥ずかしいんだけど……」 彼女にとっては魔法使いの話は私の事を紹介する時に便利な話の種の人という認識くらいの物なのだろう。 「恥ずかしがるような事ではないと思います。夢を持っているという事はとても素晴らしい事ですから。人として、生きていく目標を立てることは非常に大切な事ですよ」 アルバートはそう言いながら私に向かって眩しいほどの笑顔を向けてくる。 ここまで否定をされないのも逆に恥ずかしくなってくる。 なんというか恥ずかしさの板挟み状態のような。 「でも私、魔法使いになりたいとか言ってましたけど、その、全然魔法の勉強とかもしてなくて、もうこんな歳になっちゃって……。それに聞いたんです、魔法使いっていうのこの国がちゃんと決めた職業の一つでもっと小さいころから勉強とかして試験に受からないとなれないって。私そんな事知らなくて、本当馬鹿みたいで。だから、この歳で魔法使いを目指すっていうのは笑い話みたいなもんですよね」 嘲笑気味にそう答えてしまう。 これは昨日ウルから聞かされた事だ。 私はそれまで、魔法使いというものはもっとあやふやなものだと思っていた。 何も調べようとせず、魔法さえ使えれば魔法使いになれるのだと。 本当に滑稽だ。 「そんなことは、本当にないんですよ」 そんな私の言葉に、彼は笑わず、まっすぐに私の目を見ながら答えた。 「エーナ様、学びに歳は関係ありません。あなたが学ぼうと思えば、今からでも十二分に間に合います。それに魔法使いというものは国にそう分類されただけで、国に認められる事が絶対というわけでもないのです」 「どういう事ですか?」 「元来、魔法使いとは魔法という未知なる知識を探究していた者達の事でした。その探求のために自らが学んだ知識を使い必要な物品や費用を稼いでいたのです。最近は確かに国に仕えてその能力を活かすものも多く増えてきましたが。まあつまる所、魔法使いとは自分がやりたい事をしていた人々なのです」 「アルバートさん、魔法使いに詳しいですね」 「ええ、一応は考古学者なのでね。この国の細かい歴史などにもそれなりには詳しいつもりですよ」 そう言って彼は柔かな笑みを浮かべる。 「とまあ色々話しましたが、つまりはエーナ様、一番大事なのはどうしてあなたが魔法使いになりたいのかという事です」 「どうして、なりたいのか……」 どうして魔法使いになりたいのか。 凄く、単純な問いかけだった。。 私は母親と同じ魔法使いになりたかった。 魔法使い、魔法を扱いもの。 私は魔法を見たことがない。 簡単に言えば私は魔法というものが何なのかをしらなかった。 本で読んだり、噂などで耳にした事は確かにある。 だけど、魔法がどんなものなのかと言われれば答える事が出来ない。 火をつけたり水を出したり物を直したりすること? それともお伽話みたいに人を動物にに変える呪いをかけたり、悪魔を召喚したりすること? 何だろう、魔法というものをここまで真剣に考える事なんて今までなかった。 おかしな話だ、魔法使いになりたいと口走ていたその本人がそんな事も考えた事がなかったなんて。 その事を考え出すと何か自分に違和感を感じる。 何かが胸の奥につかえているような感覚。 大切な事を忘れているような気がする。 何か大切な事を。 私は何かを忘れて 。 「ちょっとエーナ、あなた大丈夫?」 「え?」 アメリーの大きな声に私は現実に意識を呼び戻された。 目の前には心配そうな顔をした、アメリーの姿がある。 「え、じゃないわよ。何回呼んだと思ってるのよ。それにすごい汗よあなた。動悸も激しいし、顔もなんか赤くて熱っぽいし、どこか具合でも悪いの?」 そういわれて顔を手で拭ってみるとべったりと濡れた感覚が手に伝わり、初めて自分が大量の汗をかいていたことに気づいた。 呼吸も乱れていて何かよくわからない不安な感じが体中をめぐって抜けていったかのような、そんな感覚を感じる。 「ご、ごめん、ちょっと考え事してて……」 「考え事でそんな状態になるわけないでしょう。……よくよく考えてみたらあなた、お父様に診察してもらいにここに来たのよね。私にはただの頭痛だとか言ってたけど、本当にどこか悪くしてるんじゃないのあなた」 「今のは本当にちょっと考え事してただけだから。ほら、全然大丈夫……」 そう言って席を立ち上がろうとした私は、体に力が入らず体勢崩してしまい椅子から転げ落ちそうになる。 「全然大丈夫じゃないでしょうが。少しそこのソファーに横になってなさい」 そう言ってアメリーは私に肩を貸すとテーブルから少し離れた場所にあったソファーまで私を運んだ。 思った以上に体に力が入らない私は、ソファーに腰掛けると同時にそのまま横になる。 横になって楽になったからか、強い眠気が込み上げてくる。 どうなっているのだろう、本当にただ考え事をしていただけなのに。 まるで体が考える事を拒否しているような。 「申し訳ございませんエーナ様。私が安易にあんな事を言ってしまったばかりに」 アルバートは横になっている私の元まで来ると謝罪の言葉を述べた。 「見る限り相当悩んでいたご様子でした。配慮が足りず申し訳ございません」 「アルバートさんのせいじゃないですよ。ただちょっと、今日は調子がよくなかっただけみたいで。私全然そんな事考えたことなくて……、あれ」 私はさっき、何を考えていたのだろうか。 確か、魔法使いになりたい理由だっただろうか……。 「今はひとまずお休みになってください。どうやらあなたは、まだその事について『考える』ことをしない方がよいようなので」 何か、その言い方には違和感を感じた。 彼は何かを知っているの様な。 けれどその事を深く考える間もなく、私の意識は一気に深いまどろみの中に落ちていった。
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