第七話 運命の分かれ目①

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第七話 運命の分かれ目①

 響くノックの音。  私は手紙を握ったまま急な来訪者に動けず固まっていた。  こんな時間に人が訪ねてくるなど本来ならあり得ない。  もし訪ねてきたとしても見知った村人であるならば扉越しに私の名前を呼ぶだろう。  けれど先程から聞こえるのは扉を軽く叩く音のみ。  とすればこの音の主は私の知らない人物、もしかすれば強盗や泥棒といった類の人物かもしれない。  本当はこのまま居留守を決め込み、扉を破り無理矢理家に入ってくるようであれば急ぎ裏口から逃げるべきだ。  しかし、先程から聞こえるのは定期的に扉をノックする音のみで家に入って来るような気配は全くなかった。  そして今開封して、読み上げていた手紙の内容。  誕生日翌日夜に伺う。  この内容が本当なのだとすれば今訪ねてきている人物はこの手紙の主。  扉の方向を向いたままどうすればいいのかを何度も心の中で考える。  その間も一定の間隔を開けて扉からは何度もノック音が聞こえてくる。  私がこの家にいる事をわかっているという様に。 「あの、どちら様でしょうか……?」  覚悟を決め恐る恐る扉に近づいた私は、扉の向こう側にそう尋ねた。  それと同時にノック途中であった音が止み、人の声が聞こえてくる。 「数日前に手紙送らせていただいた、アピロという者です」  アピロ、手紙の最後に書かれていた名前と同じ。  まさか手紙の通り本当に訪ねてきた?  信じられないと思う私をよそ、  ドアの前に立っていたのは、一人の女性だった。  赤と黒で彩られた奇妙なドレス。  腰まで伸びる漆黒の髪。  見た者を魅了してしまいそうな怪しくも美しい美貌。  まるで絵にかいた美女がそのまま出てきたかのような、そんな女性が一人、扉の前に佇んでいた 「こんばんわ」  女性はにっこりと笑みを浮かべると呆然と立ち尽くしていたそう私に挨拶をかけた。 「どうもこんばんわ……」  私は動揺を隠せずしどろもどろになりながらもをあいさつ返す。 「あたながエーナ・ラヴァトーラ?」 「はい、私がエーナ・ラヴァトーラ……ですけど」 「はじめまして、私はアピロ・ウンエントリヒ。さきほどいった通り先日貴方宛てに手紙を送らせていただいた者よ」  そう言って彼女は私に向かって軽く会釈した。  不思議な雰囲気の女性だった。最初見たときはその容姿も相まってこの世のモノとは思えない、少し不気味な感じをつよく抱いた。  けれどなぜだろう、改めて言葉を交わしてみるとそんな印象は大きく薄れて、初対面のはずなにどこか懐かしい感覚が私を包む。 「手紙に書いた通り、今日はあなたに渡すべきものがあってここへきたの。少し話もしたいのだけれど、中に入れてもらってもいいかしら?」 「はっはい!その、手紙受けったのがさっきで部屋の中とか全然片付いてなくて殺風景でくたびれたところですがどっどうぞ!」 「さっき?おかしいわね、遅くとも三日前には届くよう念を押して手配したはずなんだけど」 「そうなんですか?さっき家に帰ってきたら扉の隙間に挟まってて、今朝は何もなかったはずなんですけど」 「……依頼した相手がまずかったかしら、あとできつく言っておかないと。  ごめんなさい、突然お邪魔しちゃった事になるわね」 「いえ、気にしないでください!たぶん前持ってわかってても大したおもてなしは出来なかったので……」  そう言いながら扉を大きく開け家の中に案内する。  小さな明かりの灯ったランタンの置いてある机の椅子へ彼女を腰掛けさせ、私も向かい合うように腰を掛ける。 「ごめんなさい、態々来ていただいたのになにも出せるものがなくて」 「気にしないで、突然押し掛けたのはこちらなのだから。  さて、改めて自己紹介するわね。私の名前はアピロ・ウンエントリヒ。  今日は私の古い友人であるあなたの母親から預かっていた物を渡しにここを訪れました」 「お母さ……じゃなくて、母のお友達なんですか?」 「ええ。知り合ったのは私とあの子があなたぐらいの歳の頃だったかしら。  付き合いの長い悪友みたいなものね。とはいってもここ数年は会っていないのだけれど。最期に会ったのは7年くらい前になるからしら。」 「7年前……」  7年前、それはちょうど私の前から母が姿を消した頃と一致する。 「彼女が行方不明な事は私も知っているわ。  元々彼女とは数年毎くらいには会っていてね、仕事で私の住んでいる町の近くに来る時はお茶をしたりしていたのよ。  最後に会ったのもいつもの用に二人でお茶をしたのが最後になるのかしら」  母は仕事で時折城下町などの村から離れた場所へ数週間程度働きに出る事が多くあった事を覚えている。  恐らくそんな仕事の合間に会っていたのだろう。  けれど、母からそんな友達がいるなんていう話は聞いたことがなかった。  仕事の事も含めて元々自分の事をそんなに話してはくれない人だった事はわかっていた。  私は母親としてのあの人は知っていても、一人の人間としては何も知らない、一番近くにいたはずなのに。 「どうかしたの?」  母の事考え上の空になっていた私に彼女、アピロは不思議そうな顔でそう尋ねてきた。 「あ、いや、ちょっとその、今日はいろいろあって疲れちゃったのもあって少しぼーっとちゃってたの……かな?」  母の事を思い出して暗い気持ちになっていたとは言えず、思わずしどろもどに誤魔化そうとしまった。 「普通ならもう寝てるような時間なのかしら?  私は夜に活動する事が多いから配慮できていなかったわ。  ごめんなさいね、こんな時間に訪ねてきて」 「いえ、気にしないでください!今日は特別いろいろあっただけなので!」 「そうなの?まああまり話を長引かせるのもよくないし、そろそろ本題に入りましょうか」  彼女は手に持っていた黒い小さな箱を私の前に差し出した。 「これは?」 「あなたの母からお願いされて用意したものよ」 「母が、私にですか?」  促されるままに漆黒のように真っ黒な箱に手を伸ばしそれを受け取る。 「これ、開けてもいいんですか?」 「もちろん、だってこれはあなた宛てですもの」  7年前、母が私に用意をしていたもの。  高鳴る胸の動機を感じながら私は恐る恐るその小箱の蓋を開けその内にあるものを解放する。そしてその中にしまわれていたものをその眼に写す。 「これ、指輪……?」  その箱の中央に収められていたのは銀色の小さな指輪だった。  目だった装飾品はついておらず形としてはシンプルなものに見える。  ただ、よく見てみると指輪の表面には何か記号や文字のようにも見えるものが刻まれている。 「おめでとう、エーナ・ラヴァトーラ。  あなたはタリアヴィルの魔法学園に入学する権利を得ました」  彼女は拍手を送りながらそう口にしたのだった。
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