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「では!我が娘の新しい門出に、カンパイ!」「カンパーイ!」
町で一番大きな屋敷は、ここ十年で一番騒がしかった。
カチン、カチンと鳴り響く。煩わしいくらいに、どこもかしこもグラス同士が挨拶を交えている。
誰から見たって大きなリビングでは、ざっと数えても二十人以上が君の巣立ちを祝福していた。
私はそれを横目にサジーが少し練り込まれたクッキーを口にしながら盗み聞きに興じる。誰か一人くらい、心配だと口にする人がいてもいいものなのに、そんな人は誰もいなかった。
「幸せそうだ」
私がワイングラスにザクロのジュースを注ごうとしたところで、背後で幸せそうな独り言が聞こえた。
振り向くと、ぱっちり目が合う。
最悪だ。
彼は使い古されたビコーンを清楚な机に置いたまま、その人は私のグラスを手に取りオレンジジュースを注ぐ。目の前の客人に子供に見られるのが嫌で、おかわりは赤ワインのような色合いのものを飲もうとしたのに。
だが、その理由こそが一番子供のように思えたのも確かで、黙って受け取った。ジュースを注ぐ彼の白い手袋は、幾人もの海賊が落ちた深い崖の底のような過去を覆い隠しているようだった。
液体が注ぎ終わる前に、私はポツリと呟いた。
「今夜があの子の人生で一番のピークかもしれませんね」
「それはありえません、私がそうさせません」
はっきりと、くっきりと。
色の薄いオレンジがナミナミ注がれたグラスを差し出されたので、仕方なく私も差し出すと、思ったよりも強くぶつけられる。その勢いに耐えられず、数滴はオレンジジュースのテーブルクロスに染みをつくった。
「あっ…これは失敬。わざとじゃないのですよ」
するとすぐに、申し訳なさそうにハンカチを手渡された。渡り鳥の刺繍が施されているが、使わなくなった麻布を無理矢理切り取ったような、ボロボロのハンカチだ。それは君の、これから待ち受ける長い航海の過酷さのほんの一端だった。
「…ありがとうございます。しかし、このハンカチは、世襲のように何世代も受け継いでおられるのですね。まだ燃えていない、貴重な…歴史的資料のようでとても使えませんよ」
「いえ、はは。そんなものじゃないですよ。どうぞお使いなさって。…そういえば、あなたはあの子の側にいなくていいのです?あの子、私と何日か出掛ける時もよくあなたに会いたいと仰っていましたし、今も話したそうに視線を送っておりますが…」
「それは貴方への視線では?」
「それもありえません、私は、これからあの子と長い船旅を共にするのですから、今急いで話すことなどはありませんよ」
「なるほど。ですが私は急いで話したいことが多すぎるのです。貴方よりも有意義で、現実的なことです。だから後で話します」
グラスの液体をゆらゆら揺らす。水面で歪んだ私の顔は、鏡で見たってきっと醜い。
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