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「……お嬢さん」
「……はい?」
「嬢さんは俺のことが嫌いだね。あの子を連れていくから?」
海賊の長はわざわざしゃがんで視線を合わせ、赤い瞳でじっと見てくる。その目は答えを完璧に当てたという確信が滲んでいて、それを見ると私はとても嬉しかった。なんだ、町の皆をあっという間に丸め込んだこいつも、私の本心に気づくほどの洞察力はないのだ。
希望の船に乗った異国の船長なんかじゃなくって、やっぱり終わった海に虚しく縋る海賊だ。きっとそうなんだ。
「そんなんじゃ…そんなことなんかじゃあありませんよ、Mr…Mrキャプテン。連れていくのはどうでもいいのです。貴方が山賊だろうが略奪者だろうが異教の信徒だろうが、どうだってよかった。この地に続くどこかならば、何処へでも。ただ、海というのが気に入らない。何故、奈落の底の上で不確かな綱渡りをするような、そんな遊びを見つけた友を笑顔で見送れというのです」
「はは…あなたは、ずっとそうだ。俺のことを最後まで信用してくれなかった」
「わざわざ船から降りて、遠く離れた町まで気まぐれにやってきたなんて怪しすぎる人間の、何を信用すればいいのですか」
「あの子は俺達の目指す古代の海を一番始めに目にするということ」
「はは、あるかもわからないのに?」
するとキャプテンは神妙な面持ちでじっと君の方を見つめて言った。
「ある。なければ創るよ。あの子の目は、そういう目だ。あらゆる生命の魂の加護を与える瞳。あれを見ていると、なにもかも出来てしまう気がするんだ。こんなこと、長い旅路の中で初めてのことなんだよ」
つまり確信も確証もない。
しかしそれは、これまでで一番、キャプテンを信じられるような気がした。そして認めたくない感情でもある。
今日のホームパーティーには椅子が用意されていない。だから私は家にあるお気に入りの椅子でするように足を組んで考えることも出来ず、ただグラスを揺らしていた。目の前の男の目を見たくもなかった。しかし、彼の確信に無償に抵抗したかった。
――この時、心の中では私の君への気持ちなど届かないと完全に理解していたのだけど、それでも非難せずにはいられなかった。男はそれを理解していて、それでも私の言葉を静かに待っていた。
「…い、意味分かりませんね。…そうだ…そもそもあの子は貴方に憧れていますが、貴方はあの子に固執している。あの子はもとから海に憧れがあったけれど、貴方にとってのあの子は?まさか出会って間もない少女を運命の人だと確信でもしたのですか?」
運命なんて不確かなものを馬鹿にするように冷たく言い放ってやる。君は友人と話しつつもこちらを時折心配そうに眺めているが、他の人の声で何を話しているかまでは聞こえていないようだった。
男は暫く黙っていた。
しかしやがて、「ああ、なんだ、正直に話せばいいのか」なんてことを言って、それからわざわざ身長までをあわせるように屈み、再びグラスをぶつけられる。こちらは先ほどとは違い、魔除けの意味がありそうな、どこか神聖な乾杯だった。
「嬢さんは皮肉が好きなようだけど、生憎俺はそういうの、苦手でね。この気持ちは本物だと理解してほしい。俺はあの子を初めて見たときから、あの子とならあの絶望的な海の果てで…希望の一筋になれそうな気がしたんだ。俺は海に恋している。その目で、海に憧れる少女を見ている。うん、そうだ。これはまさしく運命なんだ。たぶん、誰に言っても伝わらないとは思うけれどね」
――頭の中の簡単な予測では、私は簡単に馬鹿にしたような笑い声を出すことが出来ていたはずなのに。
雑音が、随分と遅れている。
視界が、随分と狭まっている。
キャプテンの言った希望の一筋が脳裏に焼き付いて剥がれない。強くて強くて焦げる程に、そして脳みそと融合するように。
男の言葉を聞いた瞬間、私なりの海の絶景が鮮明に脳裏を埋め尽くした。今まで困惑し、反対していた出来事に対して具現化が為されることで、初めて君のことを少し理解できたのだ。
君の夢の完成形の一端を、私は直視してしまったようだった。
それは私の理解が追い付かないほどに眩しくて、私が例え何回人生を繰り返したとしても届かないほどに遠くて、崇高なものだと初めて気が付いた。
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