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――私には、到底届かない。
到底手に入れられない景色で、幻で、希望だ。
殺人的な寒波は、僅かに開いた小さな窓から暖炉の火を掻き消すように流れている。強い風に押されて開いてしまったのだろう。私の身長では届かないかもしれない。
そんな冷たさで、私はようやく目が覚めた。
「あの窓、閉めてきます」
キャプテンは呆然としていた私に柔らかく微笑むと、ワイングラスを赤基調のビコーンと取り替えるように長机に置いて立ち去った。ことりとグラスが鈍く鳴った。彼の微笑が赤の他人に見せる笑顔のお手本のようなもので、それが酷く不愉快だった。だからいっそ不純物の混じらないガラスの中に、洗剤でも混ぜれば愉快だと思った。
――貴重な洗剤が勿体ないからやめたけど。
代わりに、私は雪のように白いハンカチを取り出した。手のひらを簡単にすっぽりと覆うほどのそれは、四つ折りにしてもワイングラスの蓋には十分の大きさだった。暫く悩んで、あの男が他の者に呼び止められてまだ帰ってこないことを確認してから、私はやや厚みのあるそれをキャプテンのグラスの上に乗せ、そのまま帰ることにした。
私は彼よりもよっぽど良いハンカチを持っているのだ。この時代に、どこも煤だらけの世界に、こんなきれいな白を持っているのだ。
そんな自慢は、おかしな高揚と結ばれた酷いむなしさもあらわれた。
こんなものじゃ、勝てない。
――あらゆるものにも、あらゆる人にも勝てない。
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