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少しばかりの違和感
「ねえ久美子。なんかいいことあった?」
書類越しに、左隣の女性が話しかけてきた。
真島美咲は私の小学校からの友人だ。高校からは私と別だったけど、私と同じくD商事に四年前、新卒で入社。それ以来一緒に仕事をしている。
「昨日、彼のアルターが復活してね」
「ああ。ようやく話せたんだ」
朝礼前のオフィスは、人が行き交い雑然としている。私は美咲に椅子を寄せる。
「で、彼はなんか言ってた?」
「いやあ大したこと言ってないよ。週末どこか行ったの? とか夕食はなに食べた? とか」
「なるほどねえ。でも食事の話ってできるの? 彼は食事できないでしょ?」
「それはほら、こっちに合わせてくれるの。シチュー食べたって言ったら、あったかくておいしかったよ、とか言ってくれるの」
「一緒に食べてるみたい。すごいね」
「すごいんだよ。でも……」
「ん?」
「ああ。なんでもないよ」
朝礼が始まって私たちは席に戻った。だから濁したまま、私と美咲の会話はうやむやになった。
昨日食事をしたとき、確かにアルターは太一が言いそうなことを話してくれた。以前行った温泉旅行のことや、この間始まったアニメのこととか。
けれど彼が返すのは言葉だけだった。
シチューを口に入れるときに、熱そうに息を吹きかけて冷ます仕草や、麦茶を飲むときの気持ち良い笑顔など、日常の些細なことは決して表すことはできない。
彼は実態のないAIなのだから。
だから少しだけ寂しさを覚えてしまう。
なにより話すたびに彼の、肌の温もりを恋しく思ってしまう私が、たまらなく情けなかった。
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