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太一について
太一と出会ったのは、合コンだった。
得意先の会社が主催した合コン。会社付き合いのこともあって、うちの会社からも若手が何人か行くことになった。その中に私と美咲もいた。
安く酒が飲めると美咲は喜んでいたが、私は人付き合いが苦手なこともあり、あまり乗り気ではなかった。
休日は一人でドライブし、いい感じの風景を見て、いい感じの喫茶店に入って、一人でケーキに舌鼓を打つ。私はそんな人間だった。一人は自由。だからこそ長い間、他の人と一緒にいるのは苦手だった。
「僕も好きなんですよ。一人旅行」
そう言ったのが太一だった。食品メーカーに勤めていた彼は、私と似たような経緯でこの合コンに参加していた。そして互いに旅行が好きということで意気投合した。
それから度々会い、太一の車でドライブするようになった。そして二人で過ごすうちに、異性として意識するようになった。
告白したのは太一の方だった。
五月末、梅雨に差し掛かる前の晴れた空の下、まだ肌寒い海岸までドライブした。夕方、誰もいない海水浴場の駐車場で車を停めた私たちは、浜辺を歩いていた。
会話が途切れたタイミングで太一は、つきあって下さいと頭を下げた。顔を真っ赤にした太一の様子がなんだかおかしかった。
その日からカップルになった私たちは、週末になれば旅をした。とはいえお互い社会人だから遠くには向かえない。それでも初めて行くところを探して車で巡るのは楽しかった。
同棲を始めたのは、付き合い始めてから一年経った六月初め頃、互いの職場に近いアパートに引っ越した。築三十年ではあるものの、塗装がしっかりしてある壁面からは、古さを感じられない。
そのころに太一の親にも挨拶をしに行った。
車で二十分ほど走った先の、郊外の住宅街の中。昔ながらの家々が並ぶ街並みに面して彼の実家はあった。
古くからある一軒家に一人住む父親は、初老の穏やかそうな方だった。二年ほど前に病気で太一の母が他界して以来、一人暮らしをしているそうだ。
「太一と仲良くしてください」
帰り際に深々とお辞儀をしたのが、真面目な人柄を思わせた。
太一の父と会ったのは、太一の生前はその時だけだった。
次に出会ったのは太一が亡くなった病院。その次は太一の通夜と葬式の時だった。
正直言って、病院や葬儀の時のことは覚えていない。
病院に担ぎ込まれた時には、すでに心肺停止していた。意識は戻ることはなく、私は呆然としていた。
葬式でも彼の死を信じられず、ただ周囲の時間が慌ただしく過ぎ去っていった。そんな中で、父親は気丈に私を励ましてくれた。私より辛いはずなのに。
一ヶ月経った今でも、彼が亡くなったことが信じられなかった。
だからオルターからの声を聞きたかった。
オルターを使うことを太一の父親に伝えた。彼の個人情報を用いるため、何も言わずに利用するのは気が引けた。
「機械のことは良く分からないんです」
そう苦笑いをしながら彼は、私の話を了承した。そして太一のオルターを使うかと聞くと、首を横に振った。
「思い出すと余計に苦しいんですよ」
笑顔を浮かべていたが、瞳の中は潤んでいた。
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