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一つの出会いと後悔と
大人になっても、私たちの根っこはそう変わらないらしい。
成人式の後の打ち上げ以来、久しぶりに会う人が大半だけど、そう思えないほど話が弾んだ。
そうこうするうちに酒は進み、みんな顔が真っ赤になっていった。
飲み放題プランなのをいいことに、男子連中と久美子はジョッキを何杯も頼んでいる。私は酒の強さは並程度なので、すごいなぁとぼんやり思いながら見ていた。
二時間飲み放題のラストオーダーはすでに終わり、みんなも大方飲み終わっていた。
私の名前が出たのはそんな時だ。
藤谷というお調子者の男子が、隣の色白の男子に小突いた。
「なあ、こいつ実は加藤のこと好きだったんだぜ?」
ビールジョッキを持ち上げる手が止まった。思わず対面にいる彼の姿を見る。予期しなかったことに頭が固まった私は、何もいうことができない。その横で間髪入れず、美咲が体を乗り出した。
「え、本当なの広橋君?」
「いや。まあ。昔の話というか……」
広橋健人は頭をかき、しどろもどろになって顔を下に向ける。
きっと私も同じような感じだろう。視線が下に少しずつ下がり、顔を上げることができない。
広橋健人。学生時代のころの彼は物静かで真面目な人だった。高校のころは私と同じく写真部に入っていて、だから一緒にいた時間は長い。学外に一緒に風景写真を撮りにいったこともある。けれど好きだったということには、気づかなかった。
少なくとも一緒にいても、気兼ねなく付き合える人だ。けれど彼が好きだったかどうか、私には分からない。でも嫌いではなかった。
藤谷は酔っぱらっているのか、顔を赤くしてぐいぐいと広橋を押している。
「ほら。中々会えないし、今じゃないと言えないだろ広橋」
「……いやそんな。加藤さんも迷惑だって」
たぶん酔っぱらっていたこともあるんだと思う。それに太一のこともあったんだと思う。私は何か言おうと背筋を伸ばして、そこで気持ちが悪くなった。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「ちょっと、久美子大丈夫?」
美咲に連れられトイレに向かった。
気持ち悪さと格闘して、トイレから出る頃には会計は終わり、そのまま帰るような雰囲気になっていた。幹事の久美子に自分の代金を渡すと、横から声がかけられた。
「あの、方向が一緒だから送るよ」
広橋だった。私は考えがまとまらないまま頷き、夜の飲食街を二人で歩いた。
お互いのことをどう思っているか、聞く勇気は私にはなかった。
けれど話の流れで、私に彼氏がいたことと、その彼が亡くなったことは伝えた。すると広橋は慌てて私に向かい合った。
「あの! 知らなかったとはいえ、加藤さんにすごく悲しい思いをさせてしまった。本当にごめん」
深々と頭を下げる広橋に、ああ、優しい人だと思った。
思ってしまった。
私は、もしかしてこの人を好きになったのかもしれない。
そんな私が、たまらなく嫌だった。
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