君じゃない誰かに微笑みを

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 男の世界は弱肉強食だ。縄張り争いに負けた弱者には死あるのみ。 「なあ、もう未練はないか?」  俺がキラと呼んでいる人格が俺に問いかける。 「あるに決まってるだろ。ずっと冬香と一緒にいたかった」 「そりゃ、悪いことしたな。でも、恨むなよ」 「嫌だね。恨んでやる。呪ってやる。冬香を傷つけやがって」 「でも、こうでもしなきゃお前あの女と別れられなかったろ、なあ、アキ」  キラと俺はアキラという1つの体を共有する2つの魂。キラは俺をアキと呼んでいる。俺は生まれる前双子だったけれど、片方が片方を吸収して1人の体として生まれてきた。しかし、魂は2人分の魂が残ってしまったらしい。  双子というだけあってどちらも恋には一途だという点は似ている。しかし、好みのタイプは正反対。俺は可愛い冬香が好きで、キラは大人っぽい蘭が好き。俺はもう何年も冬香と付き合っているのに、キラが蘭と恋仲になってしまった。  実情はどうあれ、双方の恋人から見れば二股は不誠実な行為だ。別れろと詰り合い、最終的にお互いが邪魔であることに気が付いてしまった。12時間ずつ1日を分け合う毎日が煩わしかった。  いつか何かの奇跡が起きて、体が二つになるとか、俺たちが思いもよらない方法でこの不便な状態を解消する未来が来ることを信じたかった。そんな奇跡が起こらないとしても、うまく共存していく方法があると信じていた。血を分けた兄弟だ。生まれる前から誰よりも長い時間を共有してきた双子だ。だから、俺たちは分かり合える。そう信じていた。  でも、お互いよりも大切な存在ができた。その子を泣かせてまで、このおかしな状態を継続することは果たして正しいのだろうか。もう共存できない。古典的な手段だが、俺たちは決闘を選んだ。  提案したのはキラの方からだった。負けた方が消える決闘。激闘を繰り広げた末に俺は敗者となった。身辺整理のためにとキラは1日1時間を1か月の猶予をくれた。  体の占有時間が短くなるにつれて、俺の心も記憶も少しずつキラと同化していった。思い出のピースを足しても、そばから過去が消えていった。 「呪いやがったら殺すぞ?」 「呪わないけど、約束は守れよ。蘭と別れたら俺にこの体返せよ」 「元々俺の体だ。それと、蘭と俺が別れるわけねえだろ、バーカ。一生消えてろカス」  どちらの体かなんて水掛け論だ。蘭は俺のようななよなよした男は嫌いで、冬香もきっとキラのような荒っぽい男は嫌いだろう。  中学生の時、奇跡的に同じ女の子を好きになり付き合っていた時はうまくいっていたのに、やっぱり1つの体で違う女の子を好きになると不都合が生じる。  最後の日に出来る限り冬香を傷つけずに別れるつもりだったのに、キラが蘭とキスしている場面を最後の最後で冬香に見られてしまったのは不幸な事故だった。  昨日、キラがいつまでも煮え切らない俺に変わって冬香を傷つけてしまったけれど、俺を恨んでくれた方が冬香は次の恋に行きやすい。だから、これで終わりにしようと思っていたがそうもいかない。 「おい、冬香の家にお前のスマホ忘れたからアキが取りに行け。その間だけ体貸してやるから」 「自分で行けよ。傷口に塩塗るような真似しやがって。あと貸す、じゃなくて返す、な」 「俺は蘭と付き合ってるんだから、他の女の家に入りたくないんだよ」  スマートフォンにはキラと俺が生活の不便がないように情報共有していたメモ書きや、俺が知らないキラのSNS、俺が作ったフォロワーゼロの鍵アカウントなど、見られたら困るものがたくさんある。  鍵アカウントには二重人格のことから余命のことまですべて書き記している。どれだけ冬香を愛していたかということも。  別に誰に見せるために書いたものでも、キラへのあてつけでもない。俺はもうすぐ消えるから、その前に俺がいたという証をこの世界に残したかったのだ。俺が消えた後、キラがこのアカウントを削除しても構わない。一度送信された電波は何千年、何万年と宇宙を漂うものだから。それが“アキ”という人格が存在した証になればそれでいい。  幸いキラは合鍵を返すことも忘れていたので、冬香が留守の隙に回収しよう。そう思って冬香の家に来たのに、2限は授業に出ているはずの冬香と鉢合わせてしまった。机の上にはテープで補修されたマグカップ。冬香の指にはたくさんの切り傷。  こんなにも冬香の心も体もボロボロにした俺に、冬香は泣いて縋り付く。どんなに俺が拒絶しても。お願いだから、もうやめてくれ。 「大切にされなくたっていい! アキラといられたらそれでいい!」  本当は別れたくないのに、別れないといけない。必死に別れの言葉を紡いだけれど、そんな痛々しい姿で縋りつかれたら我慢できなかった。 「俺だって、ずっと冬香といたかった!でも、もう無理なんだよ!」  俺の目から涙が零れる。泣き喚く俺に驚いた冬香が俺を抱きしめた。俺が悪いのに。うまく話せない俺に何かを察したのだろう。 「誰かに、別れろって命令されたの?」  当たらずしも遠からずだ。もうこれ以上隠しきれない。でも、こんな状態で全部を説明することは無理だ。俺はスマートフォンを指さした。 「ロック、何番?」  俺は、俺たち二人がこの世に生を受けた日付を示す四桁の数字を言った。冬香は俺の鍵アカウントの投稿をすべて読んだ。 《俺のもう一つの人格・キラとの体の占有権をめぐる決闘に負けた。約束通り俺は1か月後に消える。それまでに、俺がこの世に存在したという証をここに記していこうと思う》 《たとえばキラが冬香を愛したとして、冬香がキラを愛したとして。俺は少しだけ嫉妬するかもしれないけれど、それはきっと幸せな未来なのだろう。触れた手のぬくもりは共有できる。ともに過ごした時間を心臓の鼓動が覚えている。“アキラ”という一人の男として、“アキ”と“キラ”二人で冬香を愛せたのなら、二倍冬香を幸せにできる気がする》 《明後日、俺は消える。立つ鳥跡を濁さず》 《冬香が好きだ。死にたくない》  そして、この荒唐無稽な話を信じて大泣きし始めた。 「信じるよ、信じるに決まってる。アキラの言葉だもん」  俺たちはお互いの手を強く握りしめて、好きだと叫んだ。この手を永遠に離したくないのに、もう少しで俺は消えてしまう。そうだ、最後くらい男らしくしなくては。涙をぬぐい、息を整える。そして、冬香の涙にキスをした。 「冬香、泣かないで」 「アキラだって泣いてるじゃない」  最期に冬香の笑顔が見たいのに、俺もうまく笑えない。もっと好きだと伝えたかった。その笑顔を見ていたかった。結婚したかった。俺が願ったことと同じ願いを口にしながら冬香が泣いている。 「ねえ、冬香。俺がいなくなっても笑って生きてね」 「無理。消えないで」 「今は泣いてもいいから、いつかもう1度笑ってね。俺、冬香の笑顔がずっと大好きだったから。約束だよ」  ああ、失敗したな。結局最期に冬香を縛り付けるようなことを言ってしまった。この後、キラが冬香を傷つけませんように。どうか、俺のことを忘れて冬香が笑ってくれますように。冬香は俺のすべてでした。
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