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サリーヌの選択
サリーヌやサリーヌの仲間たちの最大の攻撃方法は、相手をたくましい腕で掴んだのち、脚や爪を使うことだった。
いま、サリーヌの目の前には二匹の白蛇がとぐろを巻いていた。
蛇がとぐろを巻くのは、全方位からの攻撃に備えるための、いわば究極の防御姿勢である。
(あたしの赤ちゃんを見つけてくれたのはいいけれど、そんなところでじっとこちらを眺めていないで、早く立ち去ってくれればいいのに……)
サリーヌはそうおもい、しばし様子をみていた。けれど仲間たちは、眼を大きく見開いて白蛇を睨みつけている。これはこれでカンガルーの攻撃本能のようなものだ。
(あれれ、どっちが、ロベルトなのかしら)
ほとんど同じ大きさで、顔も瓜ふたつ。サリーヌにはとんと見分けがつかない。ロベルトはいつも自分の近くにいて、見守ってくれていたことをサリーヌは知っている。あるときは、迷子になって草のない赤土だらけの台地に来てしまったときにも、ロベルトが叢へ辿る道を先導して教えてくれたこともあったはずである。
カンガルーは草食なので、白蛇が怖がらないのもうなづけた。
サリーヌにはロベルトの存在は、それこそなにかの御守のような気がしていたのだ。だから、いつも間近に姿をみても、気づかないふりをしてあげてきた。
(だ、か、ら、そうやって、とぐろを巻かないで、立ち去ってよ。夫が来たら、踏みつけられるわよ)
そう伝えてあげようとしたけれど、仲間がいる手前、あまりへんなことを口にするわけにはいかないのだ。焼きもち焼きの夫の耳にでも入れば、それこそ森の平和が乱されてしまいかねない……。
ところが。
不運にも夫がやってきて、
「おまえたちか! かわいい息子をさらったのは!」
と、指の爪を前に突き出すしぐさをしてみせた。まずは敵を威嚇するといった初動本能寺の変なのだろう。
赤ちゃんをさらったとはとんだ勘違いだが、もどかしくもサリーヌはなにも抗弁してあげられない。
「ちがう、ちがう、おいらたちが見つけてあげたんだぜ!」
チャーリーがいくら叫んでも、弁解しても、怒り狂ったカンガルーには通じない。
ロベルトはロベルトで、
「きみは早く逃げろよ」
と、チャーリーに警告した。
「それ、どういうことなんだ? サリーヌの旦那さん、えらく怒ってるぜ。食べられることはないにせよ、きっとズタズタにされてしまうぜ」
チャーリーにもいくばくかの同義心のようなものがあって、このまま友を見捨てて自分だけ逃げることはできないのだ。
「いいから、早く、逃げるんだ!」
「でも……」
「さ、急いで!」
二匹の白蛇が言い争っている姿をみたサリーヌの夫が、
「ふん、責任のなすりつけ合いをしているんだな。ええい、どっちだ? どっちが犯人だ?」
と、怒鳴った。ほとんど意味は解らなくても、その怒情の強さはロベルトにもチャーリーにもわかる。
すると、ロベルトはとぐろを解いて、するするとサリーヌの脚元に近づくと、
「あなたの息子さんにぼくの名を付けて欲しいんだ」
と、囁くような小声で言った。
「な、なにを言い出すんだ!」
驚いたチャーリーがロベルトを止めようとしたのを制したのは、サリーヌの夫だった。
いきなりロベルトの頭を脚で蹴り、踏んだ。
「ひゃあ」
虫の息のロベルトは、チャーリーに言った。
「……息子さんがいきている限り、ぼくの名を呼び続けてくれる…それって、愛おしいサリーヌさんのポケットの中に、ずっとぼくがいるってことと同じだから……」
すると、突然、サリーヌが大きな声を張り上げた。
「うん、あたしの息子に、ロベルトの名をつけてあげるわ」
そのサリーヌの声は、突風に煽られて掻き消えていった。
「ひゃあ」
サリーヌにはそれが、ロベルトの魂の叫びのような気がしてならなかった……。
( 了 )
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