空っぽらっぽ

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「僕ね、もうポケットを叩いても、何にも出てこないよ」 「へ?」 僕はつい、間の抜けた声を出した。だって、友達の言う事はどう考えてもおかしい。  この「ポケット叩き」の服を来て、欲しいものが何にも出てこないなんて、ありえない。 「何で? 僕はポケット叩くと欲しいものが出るよ? ほら」 僕は、お腹についている大きなポケットを軽く叩く。ぶどう味の飴玉を、頭の中で想像しながら。  これで、よし。僕はポケットの中に手を突っ込んだ。指先で、小さな粒がコロン、と跳ねる。そのまま引き抜くと、僕の手の中に小指の第一関節ぐらいの紫色の飴玉が入っていた。  僕はそれを口の中に放り込んで転がしながら、友達に言った。 「アレじゃない? 想像力が足りないんじゃない? よくある事じゃん。頭の中で具現化が全然できなくてさ、上手く形が出来なかったっていうケースが……」 「お気楽だな、お前」  友達が急に嘲笑し始めたので、僕はムッとして言い返す。 「なんだよ、急に。そんな小馬鹿な感じで……」 「……君は、色々と甘いもんな」  友達はそう言って去って行ってしまった。それから僕たちが再会したのは、友達の葬儀だった。  友達は、お腹の病気にかかってしまって、死んでしまったらしい。  病気と縁知らずだった、友達が何故……。僕はただただ呆然として、友達の葬儀に出席した。  最後に会話したのは、いつだったっけ。そうだ、僕が甘いっていう話で……。 「あなた、その服……!」  ふと、声を掛けられて腕を掴まれる。えっ、何……? あ、れ、友達のお母さん……? それに服って……あ、今日も「ポケット叩き」の服、着てるからかな……。 「その服、今すぐ着るのを辞めなさい……!」  ……そう、だよね。普通、葬儀に着て来る服なんて、喪服って決まってるし……不自然だよね。  でも、やめられないんだ。ポケットを叩いて、想像するだけで、欲しいものが沢山出てくるから……。  そんなことを友達のお母さんに言うわけにもいかず、どうすればいいかまごついていた。すると、目の前に二つの紙切れを手渡された。 「葬式まで『ポケット叩き』の服を着てくるようだったら渡してって……」  友達のお母さんから渡された紙切れを受け取り、中身を見た。拙く、震えている文字だったが、間違いなく友達が書いた字だ。 『じかんがないから、かんたんにいう。せつめいしょ、みろ』  説明書……? 説明書はざっと見た程度だけど、何かあったのか? えっと、もう一枚手渡された……これでいいんだよな……?   僕は友達からの書置きを閉じ、もう一つの紙切れを開いた。 『『ポケット叩き』の服は、ポケットを叩いて欲しいものが出てくる度、寿命が縮みます。欲しいものが出なくなったら、寿命が無くなってしまった合図です。しばらくたった後、腹部に炎症が起き、痛みに耐えきれず亡くなってしまうでしょう。お取り扱いすぎには、ご注意下さい』  読み終わって、呆然としてしまった。  ウソだろ……友達が、亡くなった原因って『ポケット叩き』の服のせい……?   僕は一言も発せなくなってしまったが、友達のお母さんは切羽詰まった泣き声で、僕に縋り付いた。 「うちの息子はね、『ポケット叩き』の服を使い続けたの……。私含め、周りの皆も止めたんだけれども、やめなくて……。ねえ、せめてあなたは、息子みたいにならないで頂戴。息子は、貴方のこと、最後まで案じていたから……」  そう言って、友達のお母さんは泣き伏してしまった。ああ、そういうことか……あの時、友達が僕は甘いってことが、何となく分かったような気がする。肩の力が徐々に抜けていき、床に崩れ落ちそうになるのを両足で踏ん張って耐えた。もう、詰めが甘いって思われたくないからなぁ……。  僕は、友達のお母さんから離れた。悲しみに打ちひしがられていて、僕が離れた事なんて、気づかない。  それが、好都合だった。  僕は、お腹にあるポケットを叩く……よく燃えるライターを、想像しながら。  ポケットの外側から、段々と小さな、固いふくらみが出てきた。僕は手を突っ込んで取り出すと、ライターをすぐにつける。  ユラユラと揺れるオレンジ色の炎は、僕の決心を揺るがすようで腹立たしい。だから、すぐに紙切れに火をつけた  友達の手紙と『ポケット叩き』の服の説明書が、焦げた煤になって浸食していった。  大丈夫、あともう少しだけだから……。  そうしたら、すぐにやめるから……。  空にいる友達は、僕の事を自分に甘い奴って、思っているんだろうな……。  そう思いながら、僕はほぼ煤同然になった紙切れを地面に落とし、足で踏んづけた。  
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