秘密のリップスティック

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 (あずさ)は夫のスーツのポケットから口紅を発見した。一瞬自分へのプレゼントかと思い心が弾んだ。しかしキャップを開けようとしても開かない。押しても引いても回してもびくともしなかった。  最近帰りが遅くなる事の増えた夫、大介(だいすけ)。家にいても何処かよそよそしい。  大介は浮気をしている。女のカンがそう囁いた。口紅は浮気相手からの挑戦状だ。自分の存在をアピールして私を嘲笑っているのだ。そう思うと梓の心にふつふつと怒りが湧いてきた。 「今日は早く帰れそう?」 「うーん……ごめん、遅いと思う。先に寝てていいよ」  そう言うと大介は朝食も食べずにそそくさと出て行ってしまった。  夕方、梓は大介が勤める会社の前に車を停めた。待ち伏せをするのだ。今夜遅くなるという事は女と会うのだろう。ならばその現場を押さえるのだ。  見張っていると、出てきた。大介の車だ。会社の駐車場を出ると家とは反対の方角へ向かって走り始めた。梓は追跡を始めた。  しばらく走ると大介の車はコンビニの駐車場に入った。梓も1台はさんで車を停めた。  大介は車から降りようとしない。何で停まったのだろうと思いながら梓は様子を伺っていた。すると何処からか女性が現れ大介の車のガラスを叩いた。女性はさも当然という素振りで助手席に乗り込んだ。 「そこ! 私の指定席だよ!」  梓は窓から身を乗り出して怒鳴ろうとした。しかしすぐに車は出発してしまった。梓も慌てて車を発進させた。  車は高速のインターへと向かっていた。このまま高速に乗るのかと思われたその時、車は脇道へと折れた。そこはネオン煌めくホテル街。お城のような建物が立ち並んでいる。そしてその中の一軒に、大介の車は吸い込まれていった。  梓は呆然とお城を眺めた。やっぱり浮気してるんだ。絶対に許さない。梓は怒りのあまり身震いした。  それから2時間、梓はずっとホテルの入口を睨み続けた。  車の行き来がなくなり辺りが静まり返った頃、1台の車が出てきた。大介の車だ。梓はポケットからスマホを出し写真を撮ろうとした。 「あれ?」  スマホではなくエアコンのリモコンだった。  大介の車は遥か彼方へと走り去ってしまっていた。
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