いつものバス、黒いウサギの

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 僕はいつも、通学で同じ時間の同じバスに乗る。  平日の朝は同じ理由で使う人が多いのだろう。  乗っている人たちの顔ぶれがあまり変わらない。  雨が降ったで増えたりとか、寝坊したのかなで減ったりとか。  そういうことはあっても、バスを必ず使う人は大体同じになってくる。  空いていれば真ん中の座席に腰かけている、近くの女子高に通う女の子。  僕の男子校の一つ前で決まって降りていくのを、勝手に目印にさせて貰っている。  別に好きだとか、付き合いたいだとかそういうのではない。  彼女が降りていくのを確認したら、自分も次で降りるからだ。  そうした日々を過ごす中、ある時彼女が降りてから落ちているものに気づいた。  鞄に着けていたウサギのぬいぐるみマスコットを落としていたのだ。  どうしたものか、と思いながらバスの運転手さんに渡した。  持ち主はわかっている。  けれど、「分かっている」のも相手からしたら多分気持ちが悪い。  大事なモノなら問い合わせるだろうし、そうでもなければそのままにするだろう。  どちらにせよ乗るのは同じバスなのだから、いずれ結果も分かるだろう。  そう思っていたのだが。  翌日も、その翌日も彼女はバスに乗っていなかった。  遅刻したり、体調が悪いのかもしれない。  そう思っていたのだが、2週間経っても同じバスに彼女は現れなかった。  流行り病ならそろそろ出てきてもいいころだろうし、何かあったのだろうか。  名前も知らない人物が、こんなにも鮮明に瞼の裏に浮かび上がる。  どこかで「会いたい」と思っているのが不思議でならなかった。  別に不純な感情とかはないし、ただその後どうなったかが知りたいだけだった。  近くに駅もあるし、通学ルートを変えてしまったのかもしれない。  一番それっぽい理由を付けて、自分の中で折り合いをつけた。  それからしばらく経ってからだった。  少し以前よりぎこちなく歩きながら、彼女はバスに乗って来た。  骨折かな、と勝手に思った。  まだ慣れてないうちは車で送り迎えして貰った方が楽だろうな。  そんな風に、他人の事情を勝手に推測しようとしたので思考をここで止める。  僕はそこまで関わりはない。  そんなことよりも、確認したいのは鞄。  あまり見つめすぎてしまわないようにチラリ、と確認する。  するとそこには、僕が拾ったのと同じ。  黒いうさぎのマスコットがゆらゆらと揺れていた。  少し変わったところがあるとすれば、留め具が補強されていて以前より落ちにくくなっていた。  それからバスに乗らなくなるまで、そのウサギは彼女の鞄でずっと揺れていた。  名前も知らないし、関わりもない。  でも毎日見ていた歳の近い人物。 「あの人は今、どうしているだろうか」  ふとした瞬間、大人になった今でも時々思い出してしまう。  けれど、あの時ほどは会いたいとは思わない。  自分の関わった物の、その後が知りたかっただけなのだろう。  ふっ、と笑って手元にある大きな黒いウサギのぬいぐるみを眺める。  私が勧めたわけではないのだが、娘が「これがいい」と言ったウサギだ。  あの頃はそういうのに疎くて良く分かってなかったけれど、有名なキャラクターだったらしい。  二度と会う事はないはずの人物の思い出。  紐づいているあの頃のまだ若かった「僕」の記憶。  それから、きっとまだ増えていく、娘との日常。  このウサギを通して、私はいつでも会う事が出来るのだ。
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