【4】ふたり

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「ベッド一階に移そうかな」  茜の上に覆いかぶさりながら慧が言う。 「…なんで?」  所在なさげにシーツを彷徨う手を捕らえられると、いよいよ逃げ場がなくなったようで不安になる。 「毎回ここまで我慢するの大変そうだなって。かといって、ソファは狭いし」 「ば、馬鹿!」 「うん、馬鹿かも」  めちゃくちゃ好きだよ、と耳元で囁かれる。  背中に腕を回しながら頷くと、優しく頭を撫でられた後、額、耳元、それから唇と順繰りにキスされた。唇が離れる度、ひんやりとした冷気が肌を撫でるのに、体温はどんどんと上がっていくから不思議だ。  うながされるままシャツを脱ぎ捨てて、お互い裸で抱き合った。慧の肌は石膏のようになめらかで、腰骨が茜よりはっきりと出ていた。  同じ男なんだ、と改めて実感する。そして、慧が自分に欲情するのか今更不安になった。 「…慧、あの」 「ん?」  睫毛の本数を数えられるほどの距離で見つめられ、どきりとする。慧の瞳が熱で揺らめいているのが分かる。  この瞬間まで、正直、茜はセックスまでしなくて良いのではと考えていた。  してもしなくても慧を好きな気持ちに変わりはない。いやらしいキスも、肌に隠れた性感帯を探し当てられるのも信じられないくらいドキドキしたけど、女の子のようにすんなりと行為に及べないことは経験のない茜にだって分かるし、慧に「なんか違ったかも」と思われたら立ち直れない。  それなのに、はっきりと欲情を知らせる瞳の色に杞憂は吹き飛んだ。  無理しないで、という言葉の代わりに、単純な二文字が転げ落ちる。 「好き」  好き。慧が好きだ。  好きだから、セックスしたい。  慧と、知らないことを知っていきたい。 「…うん」  慧はたまらなく幸せそうに笑い、深く舌を絡めてくる。響く水音が恥ずかしくて、慧の興奮が嬉しくて、拙くも必死に応えた。  胸の尖りをことさら丹念に舐められて高い声が上がった。羞恥心を堪える様に唇を噛んでいると、軽く歯を立てられて一層トーンが上がってしまう。 「…やっぱ、ベッド二階のままでいいかも」 「な、なんで?…あっ」  ようやっと舌が離れ、息も絶え絶えに問うと、悪戯に指先で掠められる。 「天井に近い分、声が反響してよく聞こえるから。立体音響っていうの?めっちゃ興奮する」 「いちいち言わないで!」 「黙ってたら茜ますます緊張しちゃわない?」 「す、するけど…」 「うん、でも、そうだね」  ひたり、と下肢の窪みに指があてられ、背筋がしなる。 「…そろそろ余裕ないかも、俺」  そのまま侵入するかと思いきや、一度離れた指は柔らかく茜の熱に触れる。先端、鈴口の裏を辿って茎をゆっくり上下にすられると、もう唇をかみしめる余裕もなかった。 「あ、ああ!」  いつの間にか慧の指はジェルを纏っていて、粘着質な音が部屋に木霊する。茜より高い位置にいる慧にはもっと良く聞こえているのかもしれない。  恥ずかしい、でも、どうしようもなく気持ちよい。  一人でしているのと、他人から与えらえる快感はこうも違うのか。セックスまでしなくても良いなんて考えてた自分の浅はかさを呪った。 「だめ、慧、出ちゃう」 「うん、出して」 「あ、や──!」  くるりと先端を撫でられた瞬間、もう駄目だった。全速力で駆け上がるような痛烈な射精。  真っ白な粘液とジェルをたっぷりしたらせ、慧は今度こそ窪みに指を這わせた。人差し指を一本触れさせ、ゆっくりと中に侵入してくる。 「ん……」 「痛い?」 「痛くはない、けど…」  喉の奥がぐっとせり上がるような、微かな不快感。  慧はなだめるように口付けを落としながら、慎重に指を奥へと進めた。肩に手を添えて身を任せていた茜だが、ある一点をかすめた時、体のどこかがはっきりと疼いた。 「…あっ」  なんだろう。体の中心とは違うどこかにむず痒さが走る。 「ここ?」 「あっだめ!」  慧がもう一度その場所に触れると、腰が大きく跳ねた。 「…すごい、緩まってきたよ。分かる?」 「あ、やだ、慧……ああ!」  二本、三本と指が増やされ、左足を肩にかけられる。 「…茜、挿れるよ、いい?」  ずるりと抜け落ちた指の代わりに、熱くて硬い熱源が触れる。体の奥の熟れた熱をどうにかしてほしくて、でもまだ微かな怯えが意識の隅っこにある。  大きく開いた足の間に慧が収まっている。茜のすべてを慧が見ている。 「おい、こらっ」  そろそろと手を伸ばして慧の中心に触れると、焦りと驚きの混じった声が上がる。 「触るんじゃありません」 「なんで?」 「いや、逆にどうして今触るの?俺の理性を試してるの?」  自分は散々触っておきながら不公平だ。慧のものは、茜のよりずっと固くて張りがある。 「自分の体に収まるものなら見ておきたいじゃん」  サイズ感を知れば怖さも薄れるかもしれない。 「急に理系っぽいこと言うね」 「や!」  ぐいっと足の角度をさらに広げられる。 「なら、俺も自分の入る場所をよく見ちゃお」 「やだ、見んな!」 「…うん、えろい」 「言うな!」  足をばたつかせると、切なげに眉を寄せた表情とかちあってふと動きを止めた。 「…茜、ほんとに良い?」  良いと言い切るには勇気が足りない。痛いかもしれない、気持ち良くなれないかもしれない。  慧も同じ、きっと少しだけ怖いのだ。  だからこうして問いかけている。茜を傷付けてしまわないか。自分だけ何かを得てしまうのではないか。とびきり優しくて、いじらしい愛情を体いっぱいに注いでほしくて、慧の両頬を頬で包んだ。 「…来て、慧」  自分が気持ち良くなれなくても、この人を気持ち良くしたい。熟れるほど熱のこもった瞳の奥の奥を、もっと見てみたい。  互いの睫毛を触れ合わせながら瞬きをすると、慧はどこか悔しそうに笑った。 「…茜ってたらしの才能があるよね」 「なに…ッ…あ、…ああっ!」  比べようもないほど太くて、獰猛な雄が侵入してくる。  気持ちよくなれないかも、という心配は一瞬で消し飛んだ。指では触れられかった奥に先端が当たった瞬間、はじかれたように二度目の射精を迎えた。 「……やばい、めっちゃ気持ち良い」 「…っ…うん…」 「すごい、もう、天国にいる感じ?」 「…慧、死んじゃやだ…」 「うん、俺もまだ死にたくないよ…」  上がる息の中、慧の声が耳元を揺らす。固くつむっていた瞼を開けると、額に汗をぐっしょりかいた慧と目が合った。  何かを堪えるような、やるせなさを抱いた眼差しにくらくらする。 「あ、駄目っまだ…!」 「無理、お前やらしすぎる」  宙をかいた手首をシーツに縫い留められ、激しい律動にただ翻弄される。声も汗も快楽も何一つコントロールできなくて、必死に慧の背中にしがみついた。  海の中にいるみたいだ。律動にあわせてスプリングが揺れる。慧がぎゅっと眉根を寄せて、ああ、感じてる顔ってこんなに色っぽいんだと、そんなことも初めて知る。  慧の肩が大きく上下に揺れる。体の内側に、慧と同じ温度が満ちていく。
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