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「仲間はずれって?」  思わず聞き返してしまう。  仲間はずれとはどういうことなのか、もしかしてずっとそんなふうに思っていたのかと考えると、少しだけ見える風景が変わるような気がする。 『律希と健琥はいつも2人だったよな』 「そう…かもしれない」 『だから疎外感っていうか、俺だけ仲間はずれみたいに思えて健琥に対してヤキモチっていうか、対抗意識っていうか…。  勉強で健琥に叶わないからスポーツで頑張ればって思ったのに2人は同じ部活入って、同じ高校行くし。  だから部活辞めた時に健琥に言えば律希を連れてきてくれるって思ったんだ。  俺が怪我して落ち込んでたら健琥の事よりも俺のこと見てくれるかもって思ったし。  だから、律希が1人で来てくれた時に…嬉しかったんだ』  言い訳のように貴之の口から出た言葉に驚かされる。  いつも友達に囲まれ、女の子からは告白されまくって、部活推薦で高校に入り、入学前から練習に参加して、ボクには手の届かない、ボクには眩しすぎる存在だと思っていたのにボクが拗らせているのと同じように、貴之は貴之で健琥にコンプレックスを持っていたのだと知ると何だか可愛く思えてしまう。  出血するほどにボクに痕を残した傷も、嫉妬みまみれた執着の現れだと思うと苦いものが込み上げるけれど、健琥に取られたくなくて一生懸命に自分のものだとマーキングしたのだと思えば許したくなってしまう。  同じ事柄でも違う方向から見たら全く違って見えたりするのだ。 『2人で暮らすようになって、健琥が俺みたいに律希のこと好きになったら…アイツは優しいから。そうなったらきっと、律希も健琥のことを好きになるって思ったんだ。  そう思うと身体に痕が無いか気になったし、痕が無ければ健琥とはしないようなことをさせて、律希の気持ちを確かめたくなって…。  ごめん、律希。  お願いだから俺のこと、嫌いにならないで』  いつもの強気な貴之からは想像できないような弱々しい声と告白を嬉しいと思ってしまった。  こんなにも思われているのだと喜びを感じてしまった。 「そんなこと言ったら、心配なのはボクだってだよ?  仕事を始めるようになって、きっとボクが思うよりもたくさんの人たちに会って、知り合いが増えて。  その中には新しく知り合う人もいれば疎遠になってた人もいて、その中には貴之のことを好きだった人もいるかもしれないし、貴之が好きだった人もいるかもしれない。  だから、ボクは狡いってわかってたけど貴之に呪いをかけたんだ」 『呪い?』  ボクが思いつくままに言った言葉に貴之が訝しげな声を出す。〈呪い〉なんて言われてしまったらそんな声も出したくなるだろう。そんなことを言われてしまったら、意識にずにはいられなくなるだろう。 「そう、呪い。  ボクが何をしたくて学校を選んだのか覚えてる?」 『…確か、取りたい資格があるって』 「何のために?」 『将来、俺と一緒にいられるようにって。俺の手伝いができるようにって…』 「そう。  それでボクは貴之の事を、貴之の気持ちを縛り付けたつもりだったんだけど…失敗したみたいだね」  言いながら出てきたのは苦笑い。  ボクが必死で考えて、貴之を繋ぎ止めるために言った言葉は全く効力を発していなかったようだ。 『俺はそれを言い訳にして逃げたんだと思ってたんだ。  俺から逃げて、健琥と仲良くするための口実だって。  だから、健琥に見せられないように痕を付けて、健琥の痕がないか疑って…。  ………ごめん』  お互いの主張がすれ違ってしまいどこで折り合いをつければいいのか分からない。  ボクのことを信じることができなかった貴之と、信じることができずボクを疑った貴之から逃げようとしたボク。  やっぱり別れるしか無いのかもしれない。 「ボクは貴之のそばにいるためにも資格を取るために頑張るつもりだったけど…もう終わりにしよう?」  好きだけど、それでもこんなことが続くのならばと口に出した言葉。だけど、これはボクの本心じゃない。  貴之を追い詰めて、逃げるふりをして、ボクのことをもっと縛りつけようとするための新たな〈呪い〉。 『終わりになんて、したくない』 「でも今からこんなじゃ、4年も離れて過ごすなんて無理だよ?」 『待つから、お願いだからそんなこと言わないで?』 「でもこんなふうに疑われて、何度も同じことで喧嘩するくらいなら」 『嫌だっ!』  最後まで言い切るまでに遮られた言葉に顔が見えないのを良いことに笑みが漏れる。だけど、その気持ちが電話越しに伝わらないよう声を出すことなく貴之の言葉を待つ。 『ねぇ、どうしたら律希と別れなくていい?どうしたら俺のことだけ見てくれる?俺は、律希のことしか好きじゃない』  こんなことを言われて嬉しくないわけがない。そして、この付き合いの主導権を握ったことを確信する。  逃げられないように、ボクの事だけを見るようにと言いなりになってきた事で貴之に主導権を握られた僕たちの関係だったけど、今度はボクが主導権を握ったのだ。 「…そんなの、簡単な事だよ?  ボクのことを信じて。  ボクのことを好きでいて。  ボクを試さないで。  ボクの気持ちを離さないで」  貴之を縛り付けるように〈呪い〉の言葉を吐いたボクが言えるような言葉ではないけれど、それに気付かない貴之の相槌が時折聞こえる。『わかった』『ごめん』と言われた事を考える事なく返事をする貴之はきっと何も考えていない。  ただただ「終わりにする」と言ったボクの言葉に抵抗して、ボクのことを繋ぎ止めようとしているだけだ。 『わかったから。  律希の話ちゃんと聞く。  信じるし、試さないから。  ちゃんと好きでいるから』  そんな言葉でボクを繋ぎ止めようとした貴之は、自分の言葉に縛られることになる。 「ボクはちゃんと貴之のことが好きだから。だから、ちゃんと学校に通って資格を取って、貴之のこと支えられるように頑張るから」  貴之のためだと強調する言葉。 「夏休みの予定はちゃんと決まったら教えるけど学校が落ち着いてきたらバイトするつもりだし、条件が良ければずっと続けた方が都合がいいと思うから夏にそっちに帰ってバイトをするっていうのは現実的じゃない。  それでも貴之に会いたいし、貴之と2人でゆっくり過ごしたいからボクが帰った時には…ボクだけのために時間を作って欲しい」  飴と鞭、と言うのだろうか。貴之の要求を飲めないと告げながらもそれでも、と貴之を気遣い想う気持ちを告げる。そして、ボクだけの時間、2人で過ごす特別な時間のことを匂わせる。  単純な貴之はボクのそんな言葉に気を良くして『俺も、律希が帰ってきた時のために頑張るよ』と言うけれど、いつ帰る時の何を頑張るのかは聞かなかった。  近い未来を見ている貴之と、遠い未来まで望んだボク。  だからやっぱり齟齬は生まれてしまった。  ボクたちの交際は、長期休みに健琥と時期をずらして実家に戻ったり、時には貴之がこちらに来たりしてそれなりに順調に続いた。  結局、同じバイト先を選んだボクと健琥はお互いの都合に合わせてバイトに入るため重宝されている。そんな話をすれば貴之は文句を言うことなく信じ、時期をずらして帰省をするボクたちを見てその言葉が嘘ではないと安心する。  帰省をした時には「貴之のとこに泊まってくる」と親に告げて貴之の運転する車で出かけ、そのまま一晩共に過ごすのは定番の過ごし方となる。数日実家で過ごす事もあれば貴之と一晩過ごし、そのまま実家に泊まることなく帰る事もあった。親も「男の子だもんね」と笑っていたけれど、ボクたちの関係を知っていたら笑ってくれただろうか?  そんな風に順調に続いていたはずの関係は、〈20歳の集い〉を境に変化していく。  その日、健琥と共に地元に戻ったボクは当然のように前夜は貴之と過ごした。正月休みに会ったばかりだったけれど会えるのは嬉しいし、会えば当然身体を重ねる。 「どちらかが女の子だったら着付けだったり、髪のセットだったり、ゆっくり会う時間なかったね」  そんな風に笑ったボクに「律希なら着物でも似合いそうだけどね」と笑う貴之は「着物脱がすのとか、超興奮しそう」と楽しそうにしているけれど、そんな言葉に貴之の初恋の相手を思い出す。  きっと彼女は着物がよく似合うだろう。 「悪かったね。  ただのスーツだし、明日は式終わったらすぐ帰るし。  何なら夏に会う時は浴衣用意しようか?」 「律希の浴衣姿とか、絶対エロいじゃん」 「じゃあ、今年の夏は浴衣着るよ」  まだ見たわけでも無いのに貴之の初恋の相手の着物姿に嫉妬してそんな約束をしてしまう。健琥に言えば馬鹿だと笑われるのだろうけれど、それでも貴之にはボクだけを見て欲しかった。 「あと2年か。  やっと半分終わるな」  明日のためにと程々に睦み合い、さすがに泊まるのはと帰路に着く。貴之の運転する車の助手席に乗るとボクの好みとは違うシートの位置に胸がざわつくけれど、家族も乗るだろうし友人だって乗せることがあるだろうと気にしないようにする。あと2年我慢すればこのシートはボクの好みに固定されるのだろうか? 「来年からは就活も始まるからきっとあっという間だよ」  その言葉に貴之が戸惑いを見せる。 「律希、こっちで就職するんじゃないの?」 「そのつもりだよ?  だけど地元の企業だけじゃなくて支社がこっちにある会社とかもあるし。取り敢えずこっちに戻ってきて、自分で部屋借りれるようにしたいし」  その言葉に少し安心したのか、安堵のため息を吐く。 「地元の会社すぎると色々と詮索されるだろうし。目標としてはこっちに支社のある会社かな?」  そんな都合良く採用されるとは思わないけれど、健琥に言われている〈逃げ道〉のためにも学年が変わればインターンシップに参加するつもりだ。  貴之はそんなボクの思惑に気付くことなく、少し機嫌を良くする。 「いつかは一緒に仕事出来るようにするから」 「次期社長、期待してます」 「任せとけ」  他愛もない会話だったけれどボクたちを繋ぐ大切な約束。  この時、本当にそれを信じているかと問われたら貴之もボクも〈YES〉と答えることができたのだろうか?  翌日、地元の体育館は色鮮やかな着物姿の女子とぎこちないスーツ姿の男子で埋め尽くされていた。  顔見知りを見つけては声を掛け、見付けられては声を掛けられ。  高校生の頃よりも少しだけ雰囲気の柔らかくなった健琥は女子に囲まれて穏やかに微笑んでいる。ように見せかけて本当は全く興味を示していない。  雰囲気が柔らかくなったように見えるだけで中身は全く変わっていないのだけど、それを悟られないのは接客のバイトで身につけたスキルなのを知っているのはきっとボクだけ。  そして、ボクはと言えば高校の時から変わらぬ身長と、健琥と同じでバイト先でさらに磨かれた人当たりの良さのせいか女子からは異性扱いされていない気がする。 「律ちゃん、一段と可愛くなってない?」 「律ちゃんはスーツじゃなくて着物着ないと」  そんな風に言われても嬉しくなんかない。  貴之は地元の友人と参加すると言っていたけれど、見付ける事はできない。  僕たちは式が終わったら夜に行われる同窓会に参加することなく地元を出ることになっているため、せめて一緒に写真だけでもと思ったのに、それは叶わないままだった。  その日、同窓会で何があったのかはボクにも、もちろん健琥にもわからない。だけど〈何か〉があったのはそれからの貴之の態度で気付いてしまった。  あの日、試験のことを気にせず同窓会に出ていたら未来は違ったのだろうか?
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