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《今日、塾の後で寄れたら寄る》  昼前に来たメッセージ。  さすが受験生、春休みも当然のように勉強をしているようだ。 〈了解〉  健琥の事だ、非常識な時間に来るような事はないだろうから塾が終わる夕方ごろに来るつもりだろう。家は近所なのだから妥当な時間だ。  そして、思いつく。  中学の時も一緒に塾に通っていた2人だから今も一緒に塾に通っているのでは無いか。 〈律希も塾、一緒?〉 《一緒》 〈律希も連れてきて〉 《聞いてみるよ》  期待はしていたけれど、こんなに簡単に行くとは思っていなかった。仮に今日無理だったとしても、これで律希に連絡をする口実もできた。 〈よろしく~〉  それだけ送って既読がついたのを確認するとスマホを閉じる。律希が来ると確定したわけでは無いけれど、それでも少し気分が上向く。我ながら単純だ。  そして、昼過ぎに届いたメッセージ。 《律希も一緒に顔出すって》  今から塾なのだろうか。一緒に勉強をしたいとは思わないけれど、一緒に時間を過ごす2人のことが少し羨ましい。 〈了解〉  そう送った後で何だかそわそわしてしまう。健琥も律希もこの部屋には何度も来たことがあるけれど、最後に来たのはいつだっただろうか?  部屋におかしなところはないだろうか。見られて困るようなものは無いけれど少し掃除をしておこうか、と本棚や机の上を整理する。普段からそれなりに掃除はしているし、最近は時間があるせいで細々としたものや要らないものは処分したばかりだった。そのせいですぐに手持ち無沙汰になってしまう。  以前ならこんな時は筋トレをしたものだけど、今はまだ病院で指示された事以外は怖くてできない。腹筋ローラーだとか、プッシュアップバーはあるけれど、まだまだ時期尚早だ。  …暇すぎる。  仕方なしにスマホを触って遊ぶけれどそんなに時間が持つものでもない。日常生活に影響はないのだからと2人が来た時のためにコンビニに飲み物とお菓子を買いに行ったりもしてみる。  適当にペットポトルの飲み物を選び、スナック菓子もカゴに入れる。そう言えば律希は甘いものが好きだったとコンビニスイーツもいくつか入れておく。  遊びに行くことも、部活帰りに買い食いをすることも無くなったせいで小遣いも減らないのだ。時間潰しにと雑誌も何冊か買って帰宅してペラペラとページを捲りながら時間を潰す。  待つ時間の何と長いことだ、そんなことを考えていると健琥からメッセージが入る。 《もうすぐ着く》  そうメッセージが入って数分でインターホンが鳴る。こんな時間人が来る事はまずないから健琥と律希だろう。 「健琥さぁ、せめて塾出る時にメッセージ入れろよ」  玄関のドアを開けながらそんな風に声をかける。「久しぶり」とか「会いたかった」なんて挨拶じみた会話はしない。 「塾の後に寄るって言っておいたんだから問題ないでしょ?」  健琥が嘯く。そして、その横…ではなくて少しだけ後ろに律希の姿を見つける。中学の頃に比べて身長はそれほど変わってないように見える。少し長めの髪型も変わっていない。全体に色素が薄いままで、知らなければ少し背の高い女子にも見える。前に立つ健琥の身長が俺と変わらないせいで余計に律希が小さく見えるのだろう。 「律希は相変わらず小さいなぁ」  思わず言ってしまってから不味かったかと思ったけれど、一度口から出てしまった言葉は戻すことができない。 「貴之は大きくなりすぎじゃない?」  それでも、その一言で離れていた2年間は埋まってしまう。 「まぁ、律希に比べたらね。  でも健琥は同じくらい?」 「多分、身長は変わらないかな」  身長は、と敢えて言ったのは見るからに体重に差があるからだろう。体育会系丸出しの俺とは全く違う、それでいてヒョロヒョロしているわけでもない健琥はモテそうな雰囲気を醸し出している。見たことのない眼鏡は高校に入り新調したのだろう。よく似合っているそれは、嫌味ではなく〈インテリ眼鏡〉と言いたくなってしまう。 「とりあえず入れよ」  いつまでも玄関先で話しているのもおかしいと家の中に招き入れる。2人とも何度か来たことがあるせいで「お邪魔します」と誰もいない家に挨拶をして入ってくる。特に説明する必要もなく自室に通すと律希が少し戸惑っているのに気づき、声をかけてみる。 「別に怪我したって言っても部活を続ける事が難しくなっただけで生活に支障があるわけじゃないんだ」  足を庇うことなく歩き、階段も普通に登る。怪我をして暇だから遊びに来て欲しい、と言われてもっと不自由な生活をしていると思っていたのかもしれない。  日常生活に困ることは無くなったけれど、だからと言って元に戻ったわけじゃないし、元に戻ることはない。だけど弱いところを見せたくなくて饒舌になってしまう。 「下手に部活に行って後輩に気を遣われるくらいならサッパリ引退した方が部内の雰囲気も良いし。就職するにしても家継ぐんだから就活も必要無いし。  少し早いけど仕事、覚えるのも悪くないかなと思って。  夏休み終わればどっちみち引退だったし、少しだけ早く引退しただけだよ」  そう言ってはみたけれど、俺は笑えているだろうか?  部活を辞めた理由は嘘じゃない。  就職先だって嘘じゃない。  ただ、仕事を覚えるのはもっと先のことだろう。嘘をついている罪悪感から俯いてしまっていないだろうか。 「2人は進学だったよな?」 「だね」  何も言わずにそう返してくれる健琥の存在がありがたかった。律希は何か言いたそうにしているけれど、その時ふと思い出したことを健琥に聞いてみる。ずっと健琥が目標にしている進学先を選んだ理由。健琥の〈初恋の相手〉の事。 「やっぱりあの子のこと追いかけるの?」 「そのつもり。  今のままでも合格圏内だし」  やはりブレてないらしい。  小学生の頃に引っ越してしまった健琥の初恋の相手を俺はそれほど覚えていない。だけど、〈誰が好きか〉なんて互いに聞くようになった時に健琥が出した名前は聞き覚えのない名前で、かろうじて律希が「もしかして」と言ったのはいつ転校したかも覚えていないような女の子だった。みんなが覚えているような特徴もない、健琥が名前を出さなければそのまま忘れられていた名前。だけど、健琥はどこに引っ越したかまで覚えていて、いつか探しに行くと言って自分の進路を決めたのだ。その都道府県の何処に住んでいるかも知らないくせに。  俺からしたら思い込みが激しくてドン引きなのだけど、健琥にとっては真剣な想いなのだろう。いつも律希といるせいで、もしかしたら健琥は律希のことが好きなのではないかと思っていた俺は少しだけ安心したのを思い出す。 「律希は?」 「ボクも同じとこ行くつもり」  違う答えを期待して聞いた質問の答えが意外すぎてきっと表情に出てしまっていただろう。健琥から離れることに安心したのに、それなのに健琥についていくと言った律希を繋ぎ止めたいと思ってしまった。とりあえず誤魔化すように言葉を続ける。 「律希って、そんなに成績良かったっけ?」 「…それなりに」  少しムッとして答えるけれど、そんなものは無かったのだと安心したはずの距離は、離れすぎて感じられなくなっただけなのだと思い知らされる。  将来が決まっている自分と、これから将来を決めていく2人が一緒に過ごす未来はもう無いのかもしれない。だから、それが淋しくて悪足掻きしたくなったんだ。 「じゃあ、毎日受験勉強で忙しい?」 「それなりに」  その言葉に大きくため息をつき「遊び相手がいないんだよ」と苦笑いを見せてみる。部活をやっている友人は夏の引退まで忙しいし、引退したら今度は就職試験の準備がある。部活を辞めて、就職先の決まっている自分は暇なのだと説明してみる。健琥はともかく、優しい律希は少しは気にしてくれるかもしれない。 「彼女と遊べ、彼女と」  そして、予想通りに健琥は冷たい。 「いね~よ、そんなの。  部活忙しくてそれどころじゃなかった」 「じゃあ、作れば?  お前、モテてただろ?」と余計な言葉まで付け加える。 「好きな子とか、いないの?」 「基本、女子少ないし。  他校とかマネージャーめちゃくちゃ可愛いのにうちのマネージャー、男だし。  先輩、タオルとか言われても嬉しくね~っ‼︎」  冗談めかして言ってみる。確かに他校の女子からそれなりに声をかけられたりもしていたから〈モテる〉という言葉を否定はしない。そして、自分の潔白を必要以上にアピールする。律希には誤解されたくなかった。 「友達は?」 「友達なんて部活一緒の奴ばっかだから見舞いすら来なかったし。まぁ、来るなって言ったんだけどな」  そう言ってから少しだけ落ち込んだ自分に気づく。確かに「来るな」と言ったのは自分だけど、本当に誰も来ないとは思っていなかったのが本音だから。入院中は痛々しい姿を見られたくなかったし、高校でできた友人は幼馴染みの2人と違い近所に住んでいるわけでもないし、そもそも家を教えた事もない。それでもメッセージは届いているし、遊びの誘いの電話は来る。遊びの誘いを断ったのは自分なのに、それでも寂しいと思う俺はきっと我儘なだけだろう。  だけど、暇なものは暇なんだ。 「だから本当に暇なんだって。  幼馴染のよしみで暇な時でいいから遊ぼうぜ?」 「断る」  健琥は冷たい。 「律希は?」 「律希も一緒に春季講習」  その言葉に思ったよりも自分が凹んでいる自覚はある。だからそれを隠すために少しだけ攻撃的に出てみる。  弱みは見せたくない。 「そんなに余裕無いの?」  少し馬鹿にするように言ってみる。怒らせては元も子もないと分かっているけれど、弱っていると気付かれるよりはマシだ。 「余裕があるとか無いとか、油断してると足元掬われるから。貴之が真剣に部活をやってたみたいに僕たちは真剣に受験に向けて頑張ってるんだよ」  だけど、健琥の言葉に余計に凹まされる。怪我をしたせいで部活を辞めざるを得ない自分と、今から受験に向かう2人を同等に置いて下げるような真似は確かに褒められたものじゃない。  実際、怪我をせずに部活を続けたいたら、今のこと時間はあり得ないのだし…。 「…ごめん。  久しぶりに会えたから嬉しくて…」  うまくその気持ちを伝えることができず、誤ってそう告げることしかできなかったけれど、2人はそれで何か察してくれたのだろう。苦笑いをして俺を受け入れ、その後は会わなかった間の話で離れてしまった時間を埋め、ある程度の時間になったところで「また、顔出すよ」と約束してくれた。 〈また顔を出す〉という約束が本当に果たされるかどうかなんて分からなかった。だけど、これをきっかけに律希に連絡をすることに怯えなくて済むようになったのは大きな成果だ。  話している最中に健琥の連絡先は変わっていなかったけれど、律希はどうなのかと尋ねると「変わってないよ」と不思議そうな顔で告げ、「変えるなら変えたってちゃんと連絡するし」と拗ねた表情を見せる。健琥と約束を取り付けたことにヤキモチを妬いてくれているのなら良いのに、そんな風に考えてしまう。  連絡は来るだろうか?  会いに来てくれるだろうか?  連絡が無かったらこちらから連絡をしてみよう。  こんな時はどのくらい待てば良いのだろうか?  がっつき過ぎてドン引きされるのも困るし、淋しい奴認定も面白くない。  そんなことを考えながらもお礼くらいはと思い、帰宅時間を予想してメッセージを送ってみる。あまり早く送ってしまい健琥に気づかれるのも気恥ずかしい。  そしてすぐに返ってくるメッセージ。  これが、愛しい時間の始まり。  そして、愛しい人を失うきっかけ。  馬鹿な俺はそんな事に気付かずただただ浮かれるのだった。
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