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『仲間はずれって?』
不思議そうな声に律希は何も気づいていなかったのだと改めて実感する。
律希が俺の気持ちを疑うのと同じように、俺にだってどうしようもない、拗らせてしまった想いがあったのだ。
「律希と健琥はいつも2人だったよな」
いつからかなんて覚えてないくらい前から拗らせた想い。気付かないふりをして、何も感じてないふりをして蓋をしてきた2人への俺の気持ち。
『そう…かもしれない』
呟くような律希の言葉を聞き自分の気持ちをぶつけてみる。今なら素直に言えそうだと思ったから。
「だから疎外感っていうか、俺だけ仲間はずれみたいに思えて健琥に対してヤキモチっていうか、対抗意識っていうか…。
勉強で健琥に叶わないからスポーツで頑張ればって思ったのに2人は同じ部活に入って、同じ高校行くし。
だから部活辞めた時に健琥に言えば、律希を連れてきてくれるって思ったんだ。
俺が怪我して落ち込んでたら健琥の事よりも俺のこと見てくれるかも、って思ったし。
だから、律希が1人で来てくれた時に…嬉しかったんだ」
同じように幼馴染として育ってきたのに俺だけが取り残された気がしていた。
2人のことが好きなのに俺だけが仲間はずれだと、変な被害者意識で素直になれなかった。健琥が俺よりも律希を優先するのはきっと、俺の方が友達が多いからだって、律希が孤立しないようにしていたのだって分かっていたけれどそれが面白くなかった。
律希の事を大切にするのが面白くなくて、律希が健琥ばかり頼るのが面白くなくて。
だから〈好きな娘〉の話になった時に少しでも律希の気を引きたくて、律希がよく見ていた安珠の名前を出してしまったのだろう。
それを言った時に律希が俺のことを意識してくれると思ったんだ、きっと。
「2人で暮らすようになって、健琥が俺みたいに律希のこと好きになったら…アイツは優しいから。そうなったらきっと、律希も健琥のことを好きになるって思ったんだ。
そう思うと身体に健琥の付けた痕が無いか気になったし、痕が無ければ健琥とはしないようなことをさせて、律希の気持ちを確かめたくなって…。
ごめん、律希。
お願いだから俺のこと、嫌いにならないで」
情けないけれどこれが本心だった。
知られたくなかった、抑えることができなかった律希に対する執着の原因。
あまりにも情けない気持ちに声が小さくなってしまう。こんなこと、大きな声で堂々と言えることじゃない。
『そんなこと言ったら、心配なのはボクだってだよ?』
そして告げられた律希の気持ち。
『仕事を始めるようになって、きっとボクが思うよりもたくさんの人たちに会って、知り合いが増えて。
その中には新しく知り合う人もいれば疎遠になってた人もいて、その中には貴之のことを好きだった人もいるかもしれないし、貴之が好きだった人もいるかもしれない。
だから、ボクは狡いってわかってたけど貴之に呪いをかけたんだ』
「呪い?」
突然の不穏な言葉に話を遮るように聞いてしまった。
〈呪い〉だなんて、律希には不似合いな言葉。
『そう、呪い。
ボクが何をしたくて学校を選んだのか覚えてる?』
「…確か、取りたい資格があるって」
感情を抑えるかのように淡々と告げられる言葉を聞きながら、以前言われたことを思い出して答える。
それが〈呪い〉なのだろうか。
『何のために?』
「将来、俺と一緒にいられるようにって。俺の手伝いができるようにって…」
『そう。
それでボクは貴之の事を、貴之の気持ちを縛り付けたつもりだったんだけど…失敗したみたいだね』
そう言ってクスリと笑った。
その笑いは決して楽しそうな笑いではなくて、今何とかしなければこのままいなくなってしまうと変に焦ってしまい、急いで自分の想いをぶつける。
「俺はそれを言い訳にして逃げたんだと思ってたんだ。
それを理由に俺から離れて、健琥と仲良くするための口実だって。
だから、健琥に見せられないように痕を付けて、健琥の痕がないか疑って…。
………ごめん」
何でこうなってしまったのか、どこで間違えてしまったのか。何をどうしたら元に戻せるのか、どうやって気持ちを伝えれば律希を繋ぎ止めておけるのか。
考えて考えて、それでも正解を見つけることができなくて苦しくなる。
『ボクは貴之のそばにいるためにも資格を取るために頑張るつもりだったけど…もう終わりにしよう?』
そして告げられると決定的な言葉。
「終わりになんて、したくない」
それしか言えなかった。
律希を繋ぎ止めるために飾った言葉なんて必要ない。自分の気持ちを、自分の想いをそのままぶつけるしかない。
だけど、俺が折れないように律希も折れるつもりがないようで、繋ぎ止めようと想いをぶつける言葉を遮られる。
『でも今からこんなじゃ、4年も離れて過ごすなんて無理だよ?』
「待つから、お願いだからそんなこと言わないで?」
『でもこんなふうに疑われて、何度も同じことで喧嘩するくらいなら』
「嫌だっ!」
追い縋るしかなかった。
格好悪くても、情けなくても、どんな自分を見せても繋ぎ止めたかった。
「ねぇ、どうしたら律希と別れなくていい?どうしたら俺のことだけ見てくれる?俺は、律希のことしか好きじゃない」
離したくなかった、離れたくなかった。物理的に離れていても、心だけでも律希のそばに居させて欲しかった。
そして告げられる律希の言葉。
『…そんなの、簡単な事だよ?
ボクのことを信じて。
ボクのことを好きでいて。
ボクを試さないで。
ボクの気持ちを離さないで』
律希が告げる言葉を全て受け入れ、受け入れたことが伝わるように相槌を打つ。「わかった」「ごめん」と言われた事をとにかく受け入れ『終わりにする』と言った律希をもう一度捕まえるためにもがくしかなかった。
「わかったから。
律希の話ちゃんと聞く。
信じるし、試さないから。
ちゃんと好きでいるから」
そんな言葉で律希を縛りつけようとする。離したくないのだから必死になるしかなかったんだ。
『ボクはちゃんと貴之のことが好きだから。だから、ちゃんと学校に通って資格を取って、貴之のこと支えられるように頑張るから』
俺のためだと、俺だけのためだと甘い飴のような言葉は俺を落ち着かせる。
『夏休みの予定はちゃんと決まったら教えるけど学校が落ち着いてきたらバイトするつもりだし、条件が良ければずっと続けた方が都合がいいと思うから夏にそっちに帰ってバイトをするっていうのは現実的じゃない。
それでも貴之に会いたいし、貴之と2人でゆっくり過ごしたいからボクが帰った時には…ボクだけのために時間を作って欲しい』
その律希の言葉に「俺も、律希が帰ってきた時のために頑張るよ」と答えたけれど、頑張れるつもりだったけれど、それでも会えない時間は俺の心を少しずつ少しずつ蝕んでいく。
律希との付き合いは穏やかに続いていた。長期休みには健琥と時期をずらして実家に戻ってきたし、時には俺が向こうに遊びに行ったりもした。
結局、健琥と同じバイト先を選んだ律希だったけど、帰省の時には時期をずらすことでバイトに入る日にちを調整しやすいと言い、何か特別な事情が無ければ2人揃って帰省する事はなかった。
帰省した時には「貴之のとこに泊まってくる」と親に告げ、俺の運転する車で出かけ、そのまま一晩共に過ごすのは定番となる。学生時代のように俺の部屋で、というわけにはいかず地元から少し離れたホテルで会えなかった時間を埋めるように律希との時間を過ごした。
以前のように律希の身体に傷をつけるようなことはしなかったけれど、元の生活に戻った後に俺を思い出すようにと、赤い痕を残すことだけは止めることができなかった。
数日実家で過ごす事もあれば俺と一晩過ごし、そのまま実家に泊まることなく帰る事もあった。
親からは「律ちゃんとは帰ってくるたびに遊んでるけど健ちゃんには会わないの?」
なんて言われることもあった。
もしかしたら何かがおかしいと思われていたのかもしれない。
そんな風に順調に続いていたはずの関係は、〈20歳の集い〉を境に変化していく。
その日、健琥と共に地元に戻ってきた律希と過ごしたのは式に出てすぐに帰ると言われていたから。
正月休みに会ったばかりだったけれど会えるのは嬉しいし、会えば当然体を重ねる。
「どちらかが女の子だったら着付けだったり、髪のセットだったり、ゆっくり会う時間なかったね」
その日は泊まる事はできないと言われ、時間がもったいないからと会ってすぐにホテルに向かい律希との時間を過ごした。明日があるからとあまり無理はさせず、時間いっぱいまでベッドの中で会えない時間を埋めるように言葉を重ねる。
「律希なら着物でも似合いそうだけどね。着物脱がすのとか、超興奮しそう」
そんな風に軽口を叩けば律希は拗ねてしまう。
「悪かったね。
ただのスーツだし、明日は式終わったらすぐ帰るし。
何なら夏に会う時は浴衣用意しようか?」
「律希の浴衣姿とか、絶対エロいじゃん」
「何言ってんの…。
でも、今年の夏は浴衣着ようかな」
別に着物や浴衣を脱がしたいわけじゃなかった。ただ、律希の口から夏の約束が出たことが嬉しかった。
夏休みの前には春休みもあるし、連休があれば俺が遊びに行ってもいい。
「あと2年か。
やっと半分終わるな」
本当は朝まで一緒にいたかったけれど、明日のためにと律希を解放するために車に乗り込む。シートに座るといつも居心地の悪そうな律希は人の目を気にしているのだろうか。
そして聞かされる予定外の言葉。
「来年からは就活も始まるからきっとあっという間だよ」
その言葉に少し戸惑ってしまう。
「律希、こっちで就職するんじゃないの?」
「そのつもりだよ?
だけど地元の企業だけじゃなくて支社がこっちにある会社とかもあるし。取り敢えずこっちに戻ってきて、自分で部屋借りれるようにしたいし」
その言葉に少し安心したけれど、こちらの会社に入るのならできれば近くに住んで欲しいと思ってしまう。一緒に暮らす事は難しいけれど、気軽に会いに行ける距離にいたい。
そんな風に考えている俺をよそに律希は話を続ける。
「地元の会社すぎると色々と詮索されるだろうし。目標としてはこっちに支社のある会社かな?」
具体的にどこを指しているのかなんてわからないけれど、将来的にうちの会社を手伝うのなら大きな会社にいたという実績はきっと役にたつ。
「いつかは一緒に仕事出来るようにするから」
将来の約束が欲しいと思い言った言葉。
「次期社長、期待してます」
「任せとけ」
あの時の律希は嬉しそうな顔をしていたけれど、あれは本当に本心だったのだろうか。
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