1

1/1
前へ
/45ページ
次へ

1

 そんな時もありました。 「あ~ぁ、タチは良いよね~。  男抱くのだって女抱くのだって自由自在。  な~にが〈いつかね〉だよ」  小声で悪態をつくボクを苦々しい顔で見ているのはボクのことを…ボク達の事を昔から知っている幼馴染の健琥だ。 「律希、周りに聞こえる」 「聞こえないよ。  み~んな、貴之と杏珠ちゃんのことしか見てないし」  そう言って口を尖らせれば「まぁ、そうなんだけど」と少しだけ笑う。 「でもね、せっかくのお祝いの席なんだから人に聞かれたら困るような事言わないの。律希だって、どうしても嫌なら欠席すればよかっただけのことでしょ?」  正論で諭されてしまう。 「でもさ、親に幼馴染なんだからって言われたら断れなくない?祝儀も出すし、スーツは20歳の集いの時のがあるしって言われちゃうし」 「まぁ、そうだね」 「貴之の親からも是非にって言われたって言ってたけどさぁ、ボクのこと招待するとか貴之の神経疑う」 「でも律希と僕のこと呼ばないとおじさんとおばさんがうるさいよね、きっと」  それを言われると何も言えなくなってしまう。貴之の両親はボクたちのことを〈仲の良い幼馴染〉としか思っていないのだから当然だ。  怪我で落ち込んでいる時に受験勉強の傍ら自分の息子を支えてくれた幼馴染。だから晴れの日に呼ばないなんて選択はなかったのだろう。 「まぁ、自慢の貴之ちゃんの結婚式を見せ付けたいってものあったんじゃない?」 「誰に?」 「律希のとこと、うちの親。  昔からやたらと対抗意識燃やしてたし。うちはもう孫が産まれるんですよって」  その言葉にボクは一段と気分が悪くなる。最悪だ。 「でも健ちゃんとこもボクのとこも孫、いるよ?」  健琥のところもボクのところも上の兄弟がとっくに結婚してるし、どちらも可愛い甥っ子がいる。その顔を思い浮かべて気持ちを切り替えようとすると健琥が大きくため息をつく。 「可愛い一人息子が家継いで、嫁貰って、孫も産まれて。だけどそちらはまだ学生ですか?だってさ」 「そんなこと言ってたの?」 「うん」  高砂に座る2人のことを自慢げに見ている貴之の両親は、僕たちが学生の頃は気の良いおじさんとおばさんだと思ってたけれど…どうやらそうでもないらしい。 「まぁ、そんな2人に育てられたからこんな自分勝手なこと、平気でできるんじゃない?」 「………」  そう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。 「健ちゃん、律ちゃん、今日はありがとうね」  そんな風に2人でコソコソ話している時に声をかけてきたのは貴之の母だった。さっきまで高砂の貴之を嬉しそうに見ていたのにいつの間に、と驚くけれど「今日はおめでとうございます」と無難にお祝いの言葉を述べる。延々と続く自慢話に辟易しながら貴之を見ると、あいつはそっと目を逸らした。  それが僕たちの今の関係性。  今日はボクの初恋の相手で初めての彼氏だった貴之の結婚式。  幼馴染だったボクたちは、貴之にとってもボクにとっても色々なことが初めての相手だった。  初めて好きになったのも、初めてキスしたのも、初めて抱き合ったのも、ボクの初めては全部貴之のものだったし、貴之の初めても〈好き〉の気持ち以外は全部ボクのものだった。  ボクと貴之の恋愛は、はじめからうまく行ったわけじゃない。  貴之の事を恋愛感情で好きなんだと気付いたのは小学生の頃だったけど、貴之は違う。皆んなが少しずつ異性を意識するようになって、あの子が可愛い、この子が可愛いと言い出すようになった頃に「律希は誰が好き?」と聞かれてボクが1番初めに思い浮かべたのは貴之の顔だった。そして、貴之の口から出たのは当然だけど、クラスで1番可愛いと評判の女の子の名前。  ボクとは全然違う、長い黒髪が目を引く小さくて可愛い子。色が特別白いわけじゃないけれど、真っ黒な髪のせいで肌が白く見える。眉毛の上で切り揃えた前髪の下の大きな目は黒目がちで猫みたいだ。  だから、その娘みたいな艶々の黒髪になりたくて髪を伸ばしてみた。伸ばしたと言ってもいわゆるマッシュにしただけだから〈女の子〉になりたかったわけではないけれど、貴之に髪が綺麗だと言われたかっただけの淡い恋心。まぁ、元々色素の薄いボクは伸ばしたところで黒髪になるわけもなく、それどころか伸ばしているだけで色が抜けてしまうせいで「茶髪にした」なんて言われてしまう始末。中学に入る時には地毛証明書を提出する羽目になった。  そんな貴之は可愛いと言うよりも格好良いし、背だって高い。背の高さ順で並ぶと真ん中くらいになるボクよりもだいぶ大きくて、貴之は後ろの方だった。  この時にはもうボクは〈ネコ〉の自覚があったのかもしれない。  他の子が口にする名前は女の子の名前ばかりだから貴之の名前を出す事ができず「ボクは特にいないかな…」と答えると、みんなして口々に自分の〈好きな娘〉の良いところを並び立てる。  みんなが口にする女の子の名前を聞きながら同性の名前は出さない方がいいと悟ったボクは自分の気持ちに気付き、その気持ちが誰にも気づかれないようにそっと蓋をする。  ボクが貴之に対して思う好きは皆んなが異性に対して思う好き違うのだと気付いたのは、漫画の中で抱きしめられる女の子のことを羨ましいと思った時。皆んなの好きは抱きしめたい好きで、ボクの好きは抱きしめられたい好きだと気付いてしまった。  そして、諦めたボクの初恋。  貴之は女の子が好きで、ボクのことは好きだとしてもボクの望む〈好き〉とは違う。だから、ボクは蓋の上からチェーンを巻いて開かないようにして更に鍵をかける。そして、誰にも見つからないようにしまい込んだ〈好き〉はそのまま忘れてしまうつもりだった。  中学に入り、ますます異性を意識し出すと周りも少しずつ変化していく。  誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っているとか。誰が誰に告白したとか、誰が誰に告白されたとか。  中学に入り一段と背の高くなった貴之は〈恋愛対象〉として見られることも増え、「貴之、また告白されてたよ」と聞く回数も日に日に増えていく。  それに比べて中学に入ってもたいして背の伸びないボクは、気付けば真ん中よりも前の位置になってしまい貴之との距離は開くばかり。 「健ちゃん、一緒に帰ろ?」  何回聞かされたかわからない「貴之、 X Xに告白されたって」と言う言葉に興味のないふりをして健琥に声を掛ける。中学に入り厳しいと評判の運動部に入った貴之と、活動の少ないゆるい部活に入ったボクと健琥とは当然だけど一緒に過ごす時間は少なくなった。健琥は地元では評判の進学校に通いたいから部活に時間を割きたくないという正当な理由だったのだけど、ボクは運動が得意なわけでもないし、かと言ってやりたい部活があるわけでもなくて流されるように健琥の後に続く。  幼馴染という関係はクラスが違っても、部活が違っても、告白されても関係ない。時間が合えば一緒に登下校するし、家が近いせいで何かと顔を合わせたりもする。親同士が仲が良かったりすればお互いの情報は筒抜けだ。  だから、貴之とはクラスが違っても部活が違っても顔を合わせるし話もする。登下校が一緒になれば小突き合ったりもするし、肩を抱かれることだってある。 「そう言えばまた告白されちゃってさぁ」  なんて言いながら「でも今は誰かと付き合うとか、忙しくて無理だし」と言葉を続けるけれど、いつか来るその時に怯えていたのに気付いたのは健琥だった。 「ねぇ、貴之のこと好きなの?」 「んっ?」  何を言われたのか分からずに聞き返してしまった。貴之はいつものように部活で、健琥と2人の帰り道。何も答えないボクに健琥が言葉を続ける。 「貴之や周りに気付かれたくなかったら気を付けた方がいいよ」  そう言って貴之の言葉や行動に反応するボクの様子を客観的に教えてくれた。  噂を聞いた時に見せる拒絶の顔。告白をされたと貴之が話す度に見せる傷付いた顔。そして、肩を抱かれた時に見せる嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな顔。 「そんなに分かりやすかった?」 「僕は律希の事、小さい時から知ってるから」  だから貴之に対する態度が少しずつ変化していることに気付いたと笑う。そして、今の貴之に関する事で表情を変える律希に不安を抱いているとも告げる。 「僕は律希の好きな相手が男でも女でも〈ああ、そうなんだ〉としか思わないけど、皆んながそうではないからね。  だから気を付けて」 「気を付けてって言われても…」 「今はまだ僕しか気付いてないから律希が意識してコントロールするしかないよ。気付いた時にはフォローするし」  そんな風に言いながらボクの肩を抱く。「こうやってスキンシップ増やしてけば貴之に急に何かされても対応できるでしょ?」と言われてしまえば反論は出来ない。 「健ちゃん、もしかしてボクのこと好きとか?」 「そんなわけないでしょ?」  絶対にそうじゃないと知っていて聞いた言葉に健琥が楽しそうに返す。健琥がレベルの高い高校を目指すのは目指す理由があるからで、その理由は守りたい約束があるから。そして、その相手が健琥の好きな人だから。 「健ちゃんは良いよね~、目標があってさ」 「律希は何か無いの?」 「今のところ無いかなぁ…」  健琥みたいに好きな人を追いかけて行きたい場所があるわけじゃないし、貴之みたいに継ぐ実家も無い。 「じゃあ律希も頑張って同じ高校に来る?そしたら大学も同じとこにしてルームシェアしたりとか、楽しそうじゃない?」 「健ちゃんと一緒なら親も反対はしないと思うけどね」  そう言いながら自分の学力と健琥の学力を思い浮かべる。高校は頑張れば健琥と同じ高校に行くことは可能だ、きっと。だけど大学は無理だろうな、と自覚する。そもそも健琥の行きたい大学に自分の学びたい学科があるかすら知らない。 「貴之と同じ高校はもったいないよ?」  部活を頑張りすぎて少しだけ勉強の苦手な貴之は、家業のこともあり地元の工業高校に通い実家を継ぐ勉強をするつもりだとずっと言い続けている。部活に力を入れながらでも何とか大丈夫なようだし、部活で成績を出せば推薦も狙えると意気込んでいた。  僕は貴之の行く高校には全く興味がないため3人バラバラの進路になると思っていたけれど…、健琥と同じ高校に行くのは少しだけ面白そうだ。 「律希が本当にそうしたいなら別に止めないけどね」 「貴之と同じところに行こうとは思ってないよ。進路説明の紙に書いたのは違うとこだし」と自分の書いた高校の名前を告げれば「だったら同じところ目指そうよ」と再び言われる。 「別に大学は同じじゃなくても近くの大学にしてルームシェアとかでも良いし」  と、やけにルームシェアに拘る。 「何でそんなにルームシェアしたいの?」 「人と生活する練習?  家族以外と生活するって気を使うでしょ?だからシュミレーション??  律希なら気を使わなくても大丈夫そうだし」 「人を実験台にするつもり?」 「そう思ってくれて良いよ」  そんな風に言われてしまえば怒る気も無くなる。将来の同棲に向けて他人との生活を経験しておきたいと言うことだろう、と穿った考え方をしつつ、地元から離れることで貴之との距離を物理的に離そうとしていたのかもしれない。だって、健琥はボクのことも、貴之のこともよく知っていたから。 「もしかしてボクと暮らすのが楽しすぎて他の人と暮らせなくなったらどうするのか?」 「それは大丈夫。  我儘な律希と暮らせたらきっと誰とでも大丈夫って自信がつくだけ」  意地悪な気持ちで言った言葉にもっと意地悪な返しをされてしまった。 「別に我儘じゃないと思うけど…」 「僕以外にはね」  自覚が有るだけに反論できない。  幼馴染で同級生で、それでいて兄のような健琥にはついつい甘えてしまうのは重々自覚している。自分の兄に甘えるように、同い年の健琥に接している自覚はちゃんとある。ちなみに貴之は兄でも弟でもなく、純粋に同級生で好きな人だ。 「とりあえず僕と同じ高校にしておけば先の進路の幅は広がるよ?」  正論で畳み掛けてくる。  確かに大学に行くつもりなら進学率の高い高校を選ぶべきだと思うけれど、少しでも貴之の選ぶ高校に近いところに行きたいなんて不純な気持ちもある。もしかしたら途中まで一緒に登校できるかも、と淡い期待を抱いてしまう。 「先に言っておくけど貴之が部活推薦で入学したら一緒に登下校とか無理だからね」  伊達に幼馴染をやっていない。僕の魂胆なんて見え見えなのだろう。 「そんな頭から否定しなくても…」 「貴之が部活引退するまで我慢して1人で登下校しなね」  とどめを刺されてしまった。 「律希ね、貴之中心に物事を考えちゃダメだよ?自分の将来だからね」  そんな風に言う健琥だって自分の好きな人にもう一度会うために大学を決めたくせに、ボクにだけ説教するなんて理不尽だ。 「不満そうな顔しても駄目。  僕はちゃんと将来のことも考えてるからね」  そして聞かされる将来設計。  目標の大学のある街に引っ越して行った〈初恋の人〉に会うために、そしてその街で生活できるように目標の職業だって見定めていること。その職業に就けば初恋の人との恋に敗れてその街を離れることになっても就職先に困ることはないこと。  正直な話、初恋の人が見つかるとは思っていないし、そこまで真剣な想いなのかと聞かれると困るけれど〈それ〉をモチベーションにして気持ちを持続させていること。 〈将来の職業〉を目標にするよりはモチベーションが上がると笑う健琥は「だから律希も俺と同じ大学に行くことをモチベーションにするべきだ」と主張する。 「だって律希、恋愛って意味じゃなくて僕のこと好きでしょ?  だったら一緒にこの街出るのも悪くないよ?」  結局は貴之から離すことによってボクの気持ちを落ち着かせようということなのだろう。幼馴染の僕たちの中が拗れてしまわないように健琥なりの気遣いだけど、叶わぬ恋を笑われているようで少し悲しかった。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

115人が本棚に入れています
本棚に追加