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「じゃあ何が問題?  今更ボクはそんなことしません、なんて可愛子ぶるの?」  僕の言葉に律希の機嫌が急降下していくのが手に取るようにわかる。  ここで優しい言葉をかけ、律希の味方をして、貴之に苦言を呈して仲直りするよう仲裁をする。  律希の望みはそんなところだろう。  貴之に対して僕は全面的に律希の味方だと思わせて貴之の嫉妬心を煽り、その執着が増すように導くためのスパイス。  だけど律希の意図に気付いてしまった僕は少しだけ貴之に同情してしまっているのだ。  僕が律希を連れて行かなければ貴之は律希に対して劣情を抱くことはなかったはずだから。 「違うって。  …嫌だったんだ。  疑われて、脱がないと不機嫌になって、脱いだら脱いだでして見せろとか、それを断ればしてるとこ聞いてとか。  そこにボクの気持ちは無いんだよ?」  白々しい律希の言葉。 〈呪い〉の話を聞かなければ僕はきっと律希の味方をしていただろう。律希が望むように貴之に苦言を呈し、律希のことを大切にしろと言い聞かせ、そして貴之は僕に嫉妬して律希への執着を増していったはずだ。  だけど知ってしまった僕は、全面的に律希の味方をする事ができなくなってしまった。 「それ、貴之に言ったことある?」  律希に流されないよう、なるべく公平に判断するために聞いてみる。貴之の行動は笑って許せるようなことでもないけれど、だからと言って貴之だけを責めることをしたくない。 「そもそもはGWに帰らなかったせいなんだ。受験のせいで会えなかったし、春休みは入学準備で忙しかったし。  だからGWはゆっくり2人で過ごそうって、そう思ってたのに自分じゃなくて健ちゃんと2人で過ごしたのが気に入らないって言われて…。  だから貴之が安心するならって思って色々受け入れようとは思ったけど、ボクの言い分を聞かずに一方的に自分の要求ばかり押し付ける貴之は…正直怖い。  何か言おうとしても遮られるし、言われたことを拒否しようとすればすぐ怒るし。  そんな状態で話し合いなんてできないよ…」 「でもさぁ、このままだと同じことの繰り返しだよ?  律希はそれでも貴之のこと好きだから、今日みたいなこと繰り返してたら結局は貴之の要求を飲むよね」  しおらしいフリをする律希に寄り添うフリをしてそう言ってみる。正直、電話越しに2人で見せ合うのはいい考えだとも思っている。貴之は独占欲を満たす事ができるだろうし、律希はそんな貴之を見て満足するのだろう。  嫌がるそぶりを見せているけれど、本心では貴之の執着が嬉しくて仕方がないんだ。 「隣にいてあげるからちゃんと話したら?  2人のことを知ってて、2人が付き合ってることを知ってるのは僕だけなんだから、仲裁に入るつもりはないけどストッパーにはなれるんじゃない?  なんなら僕から貴之に電話するし」  そう言って貴之の連絡先を呼び出す。  本当に貴之と距離を置きたいと思っていればここで静止の声がかかるはずだけど、律希はそれをしない。僕を巻きこみ、僕の存在が貴之を煽ることも想定内なのかもしれない。  だって、貴之からの連絡を無視すれば僕に連絡が来ることなんて考えなくてもわかることだから。  律希が止めない事を確認して貴之の番号を呼び出す。僕からの電話は気に入らないかもしれないけれど、律希のスマホから電話をして僕が出るよりはマシだろう。 『もしもし?』  自分だって僕を頼ってきたくせに、いざ僕から電話をかければ不機嫌な声で応える貴之は律希とは違う弟感がある。律希が甘え上手な弟だとすれば、貴之は反抗期の弟かもしれない。 「律希が貴之と話したい事があるって言ってるんだけど、忙しい?」  貴之の不機嫌さに律希は不安そうな顔をするけれど、この不安は僕と貴之が喧嘩をしないかであって貴之の不機嫌さに由来するものじゃない。その証拠に貴之の言葉に耳を傾けるわけではなく、僕の顔ばかり見ている。 『お前、さっき律希は体調悪いって言ってなかった?』 「体調悪いって、本人が言ってるんだからそうなんじゃない?」  イライラしている様子の貴之にそう応えるけれど、体調が悪いというのが嘘だなんて分かっているのだろうし、その嘘がバレている事は僕だって承知の上だ。 『…話って?』  その声色に不貞腐れた貴之の顔が浮かび、苦笑いが漏れる。僕の顔を見て律希が変な顔をしているけれど、それを無視して話を続ける。 「それは律希に聞いて。  あ、律希が2人だと話しにくいって言うからスピーカーにしてあるから変な気起こさないでね」 『何だよ、それ』  2人での会話を僕に聞かれるのは面白くないのだろう。だけど、今の状態で2人で話したところでまた律希が電話を切って、貴之から僕に電話が入る、そんな事を繰り返すだけだ。 「ボクの目の前で律希に好きって言わせたりしたくせに、今更じゃない?」  僕の言葉にため息を吐いたけれど、そのため息は律希にも聞こえている。あとは律希の問題だからと話すように促すと、律希が渋々と言った感じで口を開く。 「貴之、ごめん」  何の〈ごめん〉なのかと突っ込みたかったけれど、黙って2人の様子を見守る。 『…話って?』  僕が聞いている事を意識しているのか少し声が硬い。貴之は素直と言うか、単純と言うか、人の言葉を疑う事をしないけれど流石に今日の律希の嘘には気付いているだろう。だから本当なら問い詰めたいところだろうけれど、それをしない程度には成長しているようだ。だけど、そんな貴之に気付いているだろう律希は僕に見せた狡い顔を隠し、しおらしく貴之に問いかける。 「貴之はボクのこと、信じられない?」  ビデオ通話でもないのに目を潤ませてそんな風に言い、更に言葉を続ける。 「ボクは貴之を不安にさせないようにできる事はしてるつもりだよ?  それなのにボクの気持ちを無視した事ばかり言われるなら…もう終わりにした方がいいのかもしれないね」 『俺は別れたくない』  即答した貴之の言葉に律希が笑みを見せる。嬉しそうに微笑むのではなく、貴之の言葉を引き出した事に対する勝ち誇ったような笑み。 『健琥のせいだ…』  電話の向こうからそんな囁きが聞こえ、貴之の言葉が続く。 『だから近くにいて欲しかったんだよ。  近くにいれば不安になんかならなかった。俺は我慢してるのに健琥は毎日会えるし、毎日話せるし、毎日触れられる』  絞り出すように言った貴之に律希の〈呪い〉は効いているのだろうか?  僕にはそばにいて欲しい、ただただ一緒にいたいだけだという想いしか感じられない。自分のために頑張ろうとする莉子を気遣うことも、新しい場所で生活を始めた律希を心配する気持ちもない、ただただ自分のためだけにそばにいて欲しい、そんな幼い想いしか感じる事ができない。そして、叶わぬ想いを僕のせいにして、それを口実に律希を責めて支配しようとしているだけ。  やり方は違うけれど、互いに相手に執着して、自分の思うように動かそうとするだけの幼い恋情。  似たもの同士なのかもしれない2人の恋はどこに進んでいくのだろうか。 「だから健ちゃんとは何も無いってば」 『俺以外の名前、呼ぶなっ!  俺と話してる時に俺以外の事、考えるな』  貴之が先に僕の名前を出したのに、それなのに律希が僕の名前を呼ぶと激昂する貴之に呆れ、仕方なく僕も口を開く。 「貴之」 『健琥は関係ないだろ?』 「僕の名前を出したのは貴之でしょ?」  宥めるように言っても貴之の気持ちが収まることはないようで、『こういうのが気に入らないんだよ、何で俺じゃなくて健琥に頼るんだよ…』なんて泣き言めいた言葉を溢す。僕が仲裁に入ったのは貴之からの電話がきっかけだったのに、律希が僕に言われて電話口に出たのが余程気に入らないのだろう。 「だって、貴之が律希の話聞かないからでしょ?」 『そんなこと、』 「あるでしょ?だって律希、貴之の言いなりでしょ?」  律希が何でもいう事を聞くのは律希の作戦なのだけど、それを今言うことはできないため言い聞かせるように言葉を続ける。 「言いたいことも言えなくて、ずっと我慢してる関係なんてすぐにダメになるのに貴之は好き勝手言ってるし、やってるし、律希は我慢してるし。  律希のこと好きならもっと信頼してあげなよ。  あ、僕のこと気にしてるみたいだけど、僕は律希のこと恋愛として好きだった事は一度も無いからね。  この先も絶対に無い。  貴之に分かりやすい言い方すれば…僕は律希がどんな格好してても、何してても、それこそ目の前で裸になっても勃たないからそこは安心して」  敢えて説教のように、敢えて露骨に僕の本心を伝える。律希の言葉に誘導され、コントロールされることなく、本当に気持ちを素直に律希にぶつければ律希の気持ちだって変わるかもしれない。  心配だからと身体を傷付けるのではなくて、その気持ちを素直に伝え、2人の未来を話し合うべきなんだ。それが例え、別れの原因になるのだとしても。 「だから改めて2人で話しなよ。  律希、部屋に戻って自分のスマホで貴之に掛け直しな。  これが最後のチャンスかもね」  これは貴之だけでなく、律希にも向けた言葉。〈呪い〉だなんて言葉で人を縛り付けるべきではないんだ。 「貴之も、律希から掛け直させるから僕のこと抜きでちゃんと律希の話聞いてあげて。  貴之の執着に僕のこと絡められるの、正直迷惑だから。  僕の名前出せば律希が困るって分かって言ってること、気付いてるからね」  言いたいことだけを一方的に告げた僕に『そんなこと、』と反論しようとした貴之の言葉を「じゃあね」と遮り通話を終了する。 「あとは2人で話し合いな。  律希も、僕の名前出して貴之を嫉妬させるのやめてよね。悪趣味だ」 「でも健ちゃんも悪いんだよ?  中学の時はボクを貴之から引き離したくせに、それなのにわざわざ貴之のとこに行く時にボクを連れて行ったりして」 「そうだね、あの時に律希を誘わなければ良かったって後悔してる」  律希の言葉に正直に思っていた事を告げる。 「でもね、あの時に僕が律希を誘わなかったら貴之に会いに行かなかった?  連絡を取ろうかどうしようか悩んで、結局は僕に何とかしろって言ってきたんじゃないの?」  図星だったのか、律希は反論する事なく僕のことを睨む。 「それはそうだけど…」 「確かにきっかけを作ったのは僕だけど、行動を起こしたのは律希だよ。  僕は1人で貴之に会いに行くなって言ったよね?」  確かに僕はきっかけだったけれど、何でもかんでも僕のせいじゃない。小さな子どもなら仕方がないけれど、僕たちはもう〈成人〉しているのだ。 「本音を言えばあの街で2人が付き合ってる事がバレたら誰かしら不幸になると思ってたから、高校に入って貴之以外に好きになれる人ができればいいのにとは思ってたんだ。  貴之が律希の初恋なのは知ってたけど初恋は成就しないって言うし。  だけど律希の事を幼馴染として大切に思うように、貴之だって幼馴染として大切に思ってるから怪我をしたって聞いたら無視できなかったんだよね。  あの時に関係無いって無視するべきだったのかもしれない…」  そして告げる僕の本心。  我ながら面倒臭いと思うけれど、僕にとって律希も貴之も大切な幼馴染だ。親同士の付き合いがあるせいで律希と過ごす時間の方が長かったけれど、地元に残る貴之を守りたかったのも本心。  律希は2人の関係がバレてあの街に居づらくなっても逃げる事ができるけれど、家業を継ぐ貴之には犠牲にしなくてはならないものが多過ぎる。  律希を守るフリをして貴之を守ろうとしていたのだと告げたら律希はどんな顔をするのだろう?  そんな事を考えながらも「ほら、貴之待ってるから電話してきな」と話を打ち切る。 「じゃあね」  冷めてしまったコーヒーを持ち、不満そうな律希に背を向けて部屋に戻ると貴之に中断された勉強を再開する。  あの街に戻る気のない僕はこんなことでペースを崩すわけには行かないのだ…。  
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