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 その後、律希と貴之がどんな話をしたのかを聞く事は無かったけれど、律希は貴之に似た相手を探すのをやめ、その淋しさを僕に伝えるようになった。 「貴之、今日は仕事の集まりがあって電話できないんだって。  今日は一緒に寝ない?」  そんな風に僕を誘い、貴之に対する想いを口にして自分の気持ちと向き合っているのか、各自の部屋から布団を運び枕を並べた日は律希はずっと話し続けている。  それは僕の知らない律希の学校での行動だったり、バイト先での出来事だったり、貴之との事だったり。  何度も声をかけられ、貴之に似たところを無理に見つけて身体を重ねた相手はあれからも声をかけられる事はあったものの「もう、誰とも仲良くしないから」と言い続ければ声をかけられることも減ったと恥ずかしそうに報告された。 〈お姫様〉だった期間に知り合った相手とは〈付き合う〉という話にはならなかったのかと聞けば、「色々だけど、地元に彼がいる事は言ってあったし」とバツの悪そうな顔をする。  噂は広まるのも早いけれど、消えるのも早い。律希の事を邪な目で見ている相手は雰囲気でわかるのか、そんな相手と歩く律希を見れば噂をする人もいるけれど、一学生として多数に埋もれるようにして過ごしていれば〈お姫様〉なんて呼ばれることも無くなっていったらしい。 「もう大丈夫?」 「多分。  1人だけ何かと絡んでくる相手がいるけど…まぁ、無視してればいつか諦めるんじゃない?」  そう言ってため息を吐く。  自業自得だし、違う学部のことだから僕ができる事はなくて「気を付けなよ」と言う事しかできなかった。  貴之とは電話越しの小さな喧嘩はあるものの、それは2人の仲を深めるもので「淋しい」と言う律希は「そっちに行ったから」と不満そうな返事を返す貴之に委縮する事なく「だって、思ったよりも淋しいんだもん」なんて可愛く言えは貴之の声が柔らかくなると嬉しそうに笑う。 「健ちゃんがいるじゃないかって言うから健ちゃんは貴之の代わりにはならないし、健ちゃんは兄弟みたいなものだけど、貴之は僕の好きな人だからって言ったら貴之、喜んじゃって…」  と続きを話そうとするから「恥じらいは大切だよ」とその言葉を止めておいた。 「え~っ?  健ちゃんがそれも有りって言ったんだし」 「言ったけど、それを僕に報告する必要は無いから」 「話、聞いてくれるって言ったくせに」 「話は聞くけど惚気は聞かない」  そんな風に過ぎていく毎日。  長期休みには交互に帰省して、時には貴之が遊びに来る。  帰省した時には貴之の運転で人の目の気にならない場所まで行って宿泊施設を利用しているようで、こちらに来ると人の目を気にしなくて良いと貴之がリラックスするのが嬉しいと笑う律希の方が嬉しそうで、このまま2人の関係が続いていけば良いのにと祈らずにはいられなかった。  僕はと言えば貴之が来るのに合わせて泊まらせてもらう友人に女の子を紹介されることもあるけれど、自分の今の状況を考えると彼女を作りたいとは思えず、異性の友人が増えただけで恋愛に関しては律希に遅れを取ったままだ。 〈僕の初恋〉を信じているのか、信じていないのか、律希は何も言わない。  1番近くにいる律希だから、僕が律希の気持ちに気付いたように、〈僕の初恋〉が架空の話だと気付いていたのかもしれない。  こちらに来ても彼女を探して動こうともしない僕に何も言わないのはきっと、そういうことなのだろう。 そんな風に順調に続いていたはずの関係は、〈20歳の集い〉を境に変化していく。  その日、律希と共に地元に戻った僕はその後に2人がどうしたのかを聞くほど野暮じゃ無い。 「2人でいるところを見たくない」と見送りに来なかった貴之は駅まで迎えに来てくれたけど、2人の邪魔をしたくなくて「迎えが来るから」と嘘をついて2人を見送る。1泊分の荷物しか持っていないのだから散歩しながら帰るのも悪くない。  明日着る予定のスーツは秋に帰ってくるように言われた時に用意したため実家に置いてあるし、着替えも部屋に残したままのものがある。必要なものと言えば財布とスマホくらいだ。  この時ばかりは時期をずらすことなく律希と2人で帰省して、入学式の時のように2人の母とともにスーツを選んだため律希も同じように身軽だ。  家を出たとは言え、学生の間は気軽に戻れるようにと自室がそのまま残されているのはありがたい。  翌日は式の後の同窓会に参加することなく帰ることになるのだ。少しでも長く律希と貴之、2人だけで過ごさせてあげたい、なんて思うのは僕の傲慢さの名残。  だけど、律希の願いを聞いてしまった僕はこの4年間の間だけでもと、律希の願いを自分の事のように願っていたんだ。  当日は式の後にすぐ帰るからと貴之とは別行動だった。同窓会に出る前に高校時代の友人とも話をしたいと言った貴之は、前日に律希と過ごす事はできないと告げていたらしい。 「着物、綺麗だよね」  女の子の着物姿を見た律希はポツリと呟く。 「着付けしなくていいから貴之とゆっくり会えたけど、着物着てたら貴之迎えに来てくれたかな…」  女の子になりたいわけではないのだろうけれど、女の子だったら人の目を気にせずに立つことのできた貴之の隣。 「でもね、夏には浴衣を着るって約束したんだよ」 「着れるの?」 「動画見て勉強するし」  華やかな姿が羨ましいのか、貴之に何か言われたのか、その両方なのか。  久しぶりに地元の友人に会うせいか、小中学校の時の友人に声をかけられ写真を撮るよう強要されるのは正直面倒だったけど、人当たりの良い律希は相手の名前を呼び「ほら、健ちゃんも」と僕の手を引く。  昔から兄弟のようだとか、姫と騎士だもか、時には「律ちゃんが女の子ならお似合いなのに」なんて言われていたせいで、何かとセットに見られていたため当時のノリのまま写真に収まる。  僕だってもう大人なんだからと仕方なしに愛想笑いを浮かべてやり過ごしていたけれど、そんな姿を見て貴之が複雑な気持ちになっていただなんて全く気付いてなんかなかった。  もともと律希と僕の距離が近い事を面白く思っていなかった貴之が、僕たちがセットとして扱われる様を見たら面白いはずがない。 「律ちゃんと健琥君って、前より仲良くない?」 「まぁ、一緒に暮らしてるしね」 「え?  健琥君、大変じゃない?  律ちゃん、家事とかできなさそうだし」 「手がかかるのは昔からだし」 「健ちゃん、酷い…」  そんな会話を交わした事を、誰かから聞かされたのかもしれない。  律希が僕に話す事で淋しさを紛らわせるようになった事で、僕たち2人の纏う空気に変化を見つけたのかもしれない。  僕たちが出なかった同窓会で何があったのかなんて僕にも律希にも分からないし、何があったのかを知ろうとも思わない。  だって、知ったところでできる事は何もないのだから。  ただ、僕たちの出なかった同窓会で何かあったのは確かだろう。  僕でも気付くほどの貴之の変化。  あの日、試験のことを気にせずに同窓会に出ていたら未来は違ったのだろうか? 「最近、試験があるって言ったせいか貴之から連絡が減ったんだよね…」  試験勉強のためにバイトを休んだその日、夕飯時にため息を吐いた律希は勉強疲れなのか、連絡が減ったことによる淋しさなのか、覇気のない声でそんな言葉を溢す。 「試験のせいと、同窓会に行かなかったこと、両方なんじゃない?  連絡したら試験の邪魔になるし、同窓会のことで文句言いたくなるしって、そんなとこだよ、きっと」 「………」 「受験の時も何か、そんなふうにゴチャゴチャ言って連絡してこなかった時期があったって言ってなかった?  貴之も成長しないよね」  そんなふうに言ったのは、律希だけでなく僕も貴之のことを信じていたから。  だけど、そんな貴之の態度は試験が終わった後も変わる事がなかった。 〈3年になったら就活始めるから春休みは少し長くそっちに帰るつもりだけど、貴之の都合は?〉  そんなメッセージを送ったのに《春は新しい人が入るから忙しい》と返ってきたと律希が不満そうな顔を見せたのは試験も終わり僕がバイトから帰った時だった。 「何かさぁ、向こう帰っても貴之に会う時間ないって言われた」 「せっかく久しぶりに会えると思ったのに」と拗ねた顔を見せる律希の顔を見ると思わず苦笑が漏れてしまう。素直に自分の気持ちを口にする律希は僕の目から見ても可愛らしい。 「珍しいね?」 「うん。  貴之の都合に合わせて帰るって言ったのに〈新しい人が入るから忙しい〉だって」 「仕事の無い日は?」 「週末も時間取れるかどうかわからないから貴之の予定は気にしなくていいって…」 「そうなんだ?」 「〈じゃあ、週末に合わせて帰る〉って送ったのに《週末に帰ってきても、時間取れないかもしれないから俺の予定は気にしなくていいよ》だって」  不満気な律希の言葉を聞いて何だか胸騒ぎがしたけれど、それを悟らせてしまうと律希が動揺すると思い平静を装う。貴之の実家は自営業ではあるものの人を雇っているのは確かだ。だけど新入社員が入るとしても律希に会えないほど忙しいとは思えないし、そもそも貴之が指導する立場だとは思えない。 「同窓会に行かなかったの、そんなに面白くなかったのかな…」  嫌な予感はするもののそれを告げる事はできないし、余計なことを言って動揺させたくなくて気を逸らすために提案してみる。 「それなら帰省、どうする?」 「貴之に会えないなら帰る必要無いかも…。なんか、こっちに遊びに来たいとか言ってたし」  遊びに来たいのは貴之じゃない。  貴之が知ればそんな言葉足らずでも伝わる、こんな関係が気に入らないと言いそうだ。 「律希が帰らないなら僕もやめておこうかな。うちも遊びに来たいって言ってたし。  遊びに来たらって言ったら2人で来るんじゃない?」  2人で、とはそれぞれの母のことを指しているのは言わなくても分かりきった事だ。 「それならそう言っておこうか?」 「うちも言っておくよ」  そんな風に決めた春休みの予定。  帰省をしないと交通費も浮くし、バイトも多く入れるようになれば当然貯金も増える。これから就活が始まってしまえば思うようにバイトに入れない日も出てくるはずだから何の問題もない。  ただ、貴之に会えなくて不安そうな顔を見せる律希が心配なだけ。  2人の関係に僕が口出しする事はできないし、僕が口出しする事じゃない。  2人が話したいと言えば聞く準備はあるけれど、僕が2人の関係に言及してはいけないと思い知ったから。  そんなふうに様子を伺っていた僕に入った電話はその考えを迷わせるものだった。 『健琥、今って部屋に律希君いる?』  その日はちょうど律希がバイトの日で、今はいないと告げた事で始まった母の話は何となく予想していた話。 『ねぇ、好奇心で聞くわけじゃないから何言っても怒らないでね?  貴之君と律希君ってお付き合いしてた?』  母の言葉が過去形なのはきっと貴之に変化があったから。  そして、それを知るような事が母の身に降りかかったから。  一体、母は何を知ったのだろう?
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