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13
「まだっていうか、ずっと好きだよ」
僕の言葉に目を逸らさずに答える。
目を逸らしたら負けだとでも思っているのか、その真剣さは伝わってくる。
伝わってくるのだけど、それならなぜ身体だけの関係、いわゆるセフレなんて関係になったのか。
律希を口説いて口説いて、貴之よりも大切にすると伝え、態度で示し、知りもしない貴之の態度を捏造して律希を傷付け、律希を惑わせ、貴之になり変わるように律希と関係を持った事に理由を探したくなってしまう。
「じゃあなんで素直に好きだって言い続けなかったの?
貴之、彼も地元で別の娘とって言ったんでしょ?
だったら自分を身代わりにすればいいって」
「そばにいられたらそれで良かったんだよ。付き合ってる相手がいるって言ってたから学校で一緒に過ごせるだけでいいと思ってた。
だけど女の子に声かけられて、自分の恋愛の対象は同性だって匂わせたせいで腹いせに噂流されて。
同類ってなんとなくわかるんだよ、だから律希の相手は同性なんだろうなとは思ってた。
それに律希のこと気にしてたのって俺だけじゃないからさ、そんな話聞いたらすぐ喰われそうなのに無防備だし。
その彼が近くにいれば守ってくれるだろうけど、それができないなら俺が囲い込めばって」
囲って守るつもりが自分のせいで〈お姫様〉だなんて言われるようにしてしまったと目を伏せる。
佐崎なりに律希の事を考えた結果が律希を暴走させたのだろう。
「なんで囲い込まなかったの?」
「名前を呼ばれたんだ、祐樹って」
「名前?」
「それまで代わりでいいからって、好きに呼んでいいからって言ったから彼の名前…貴之って譫言みたいに呼んでたのに祐樹って」
「それ、僕に話す?」
どういうことが理解して呆れた声が出てしまう。貴之の時も思ったけれど、律希の性事情など聞きたいと思わないのにどうしてみんな僕に話したがるのだろう…。
それにしても貴之のことを想いながら佐崎の言葉に乗せられて身体を重ね、挙句に名前を呼ぶとか。貴之に〈呪い〉をかけてみたり、佐崎の名前を呼んだり、計算なのか天然なのか、律希は律希でタチが悪い。
「それで期待しちゃった?」
「した。
このまま俺とって思ったのに、そのせいで距離を置かれるなんて思わなかった…」
律希が悪いのか、佐崎が悪いのか。
きっと、どちらも自分のことばかりで相手を気遣う余裕がなかったのだろう。
「で、距離を置かれた佐崎君はそれでもめげずに話しかけてたはずが、どうして律希に声かけるのやめちゃったの?」
律希が前に急に話しかけてこなくなったと言っていたのは佐崎の事だったのだろう。名前なんて聞いたことはなかったし、知りたいとも思わなかった。だけど、律希にもう関係を持たないと言われて去っていった相手に比べれば佐崎はまだ誠実なのかもしれない。
自分のせいで何人もの男と身体を重ねた律希の事をどう思っていたのかは今の態度を見たら明白だ。
貴之と向き合うために流される事をやめ、去っていった相手を都合よく使う事もなく過ごしてきた間も佐崎はずっと律希を気にしていたのだろう。
「律希、言ってたよ。
今まで毎日話しかけてきてた相手が話しかけてこなくなって、なんか変な感じって」
僕の言葉に佐崎の顔が少し明るくなる。
「話しかけてみたら?
僕に話を聞くとか姑息な事してないで、直接聞いて律希の気持ち聞いてみなよ」
コイツのせいで律希が、と腹が立っていたはずなのに話を聞き少しだけ同情してしまった。あれだけ「貴之」「貴之」と言っていたのに律希だって心を動かされる時があったんだ。だったら〈呪い〉なんかで貴之を縛り付けずに綺麗に終わらせればこんな風に拗れる事もなかったのにな、と少しだけ貴之に同情したくなる。
ただ、親の口から自分の行動が伝わると分かっていながら事前の説明も、知ってしまった後の対応もしなかった貴之に対して失望はしている。
どっちもどっちだと思いながらも、やっぱり近くにいる律希の肩を持ちたくなってしまうのは仕方がないだろう。
「佐崎君だって、ある意味律希にいいように使われたんだから弱みに漬け込んだって良いんじゃない?
とりあえず僕は協力する気はないけど邪魔もしないし、律希は話しかけられなくなったことを気にしてるのだけは教えておくよ」
甘すぎるかとも思ったけれど、それでも別れを告げられぬまま終わってしまった初恋を忘れるには必要なことなのかもしれない。少なくとも律希は佐崎のことが嫌いじゃないはずだし、パートナーがいなくなったことで〈お姫様〉に再来されても困る。
これから就活が本格化するのに律希の心配ばかりしてられないというのも本音だ。
「健ちゃんの許可が降りたみたいだから…頑張ってみるよ」
「健琥君が健琥さんにしてくれる?」
「じゃあ、いずれは健ちゃんで」
調子のいい男だと思いながらも憎めない男だと思ってしまった時点で認めてしまっていたのだろう。
初対面の僕に恥ずかしげもなく正直な気持ちを吐露したのも悪くない。
貴之の時のように僕が手を貸すことはできないけれど、佐崎なら悪くないかもと直感で思ってしまったのだ。
そして、その直感は間違っていなかったようで「健ちゃん、一緒に寝よう?」と言われる回数が少しずつ減っていき、夏休みが終わる頃に律希から佐崎を紹介される事になる。
「健ちゃん、会って欲しい人がいるんだけど」
と部屋で待機していて欲しいと言われ、手土産を持って玄関のドアを開けたのはやっぱり佐崎だった。
「時間かかったね。
もっと早く紹介されるかと思ってた」
そんな風に笑う僕に「インターンとかあったし」とゴニョゴニョ言い訳をする佐崎を見て不思議そうな顔をする律希だけど「名前、間違えちゃダメだよ」と耳元で囁けば「健ちゃんに何言ったの⁈」と律希が顔を真っ赤にして怒り出す。
「今度は〈呪い〉とか訳のわからない小細工しないで素直になりなね」
そう言った僕の言葉に「呪い?」と不思議そうな顔をする佐崎と、嬉しそうに頷く律希は案外お似合いかもしれない。
「健ちゃんはお酒飲まないって聞いたからこれ、ケーキ」
「健琥君か健琥さんにしてって言ったよね?
いただくけど」
そんな会話が何度か繰り返されるうちに「健琥」と呼ばれるようになるのはもう少し先のこと。
「ねぇ、知ってる?
1番好きな人とより2番目に好きな人との方が幸せになれるんだって」
佐崎が帰った後で律希にそう言ってみる。聞きたいことがたくさんあると言って、僕と佐崎を問い詰めた律希は、僕たちの話に納得したのか穏やかな顔をしている。
「それって選ぶ方は妥協だし、選ばれる方は…知りたくないよね」
「そう?
幸せになれるんなら良いと思うけど」
「…それでも1番好きな人と幸せになりたくない?」
「まぁ、理想としてはそうだよね」
律希にしては正論だ。
「じゃあ、2番目に好きな人にも選んでもらえなかったらどうしたらいいの?」
「どうだろう…。
1番目にも2番目にも選ばれなくてもそんな経験したら人の目も養われるだろうし、好きなだけじゃなくて大切にしてくれる人に逢えるのかもよ?
好きな気持ちだけだと上手くいかないこともあるでしょ?」
「そうなのかな…」
考え込んだ律希は覚悟を決めたように大きく息を吸い、僕の目を見つめて口を開く。
「ボクね、健ちゃんのこと2番目に好きだったよ。
幼馴染とかお兄ちゃんとかじゃなくて、健ちゃんのこと男の人として意識してた」
律希は自分の言葉が過去形な事に気付いているのだろうか。気付いて言っているのなら…やっぱり律希はタチが悪い。
「貴之と駄目になった時にずっとそばにいてくれた健ちゃんのこと、好きにならないわけないよね。
でも貴之とのことを全部知ってる健ちゃんを困らせたくなくて言えなかった」
「僕は初恋が律希だったよ?」
律希の言葉を聞き、黙っているつもりだった言葉を言ってしまい苦笑いが漏れるけど、恋愛に発展しなかったこの距離が心地良い。
「…健ちゃんの嘘吐き」
「嘘じゃないよ?
母さんに律希が好きって言ったら『日本ではまだ男の子同士は結婚できないのよ?』って言われて諦めたけどね」
「健ちゃん、小さい時からクールだったもんね。
でも、あの娘は?」
「あんなの、あの街を出る口実。
あと女の子避け?」
「………何か、ムカつく」
1番になれなかった初恋だけど、幼馴染として律希の事を1番大切に思うのは変わらない気持ち。
律希にとっても、貴之にとっても1番にはなれなかった僕だけど、どうやら律希の2番ではあったらしい。
「好きの順番なんて関係ないよ。
恋愛的な好きじゃないけど、僕は律希のことが1番好きだよ、この先もずっと」
佐崎に言えば怒られそうだけど、それなら僕よりももっと律希に好きと伝えればいいだけだ。
「僕も健ちゃんのこと、ずっとずっと好きだよ。
今はもう、男の人としてじゃなくて頼れるお兄ちゃんとしてだけどね」
「それもどうかと思うけどね」
顔を見合わせ笑い合い、「佐崎のこと、ありがとう」と言ってはにかんだ律希はとても幸せそうに見える。
「だって、僕は律希のお兄ちゃんだからね」
世話のかかる弟が僕の手を離れるのは案外すぐなのかもしれない。
そんな風に思い、穏やかに毎日を過ごしていた時に入った電話は僕と律希を呆れさせる。
それぞれの親から入った貴之の結婚への出席の打診。
『ただね、貴之君は知らないんだって、この事』
「この事って?」
『貴之君は、健琥と律希君は就活で忙しいから呼ばないって言ってるけど幼馴染だから貴之君にはサプライズでって、お嫁さんは知ってるみたいだけどね』
「おばさん、律希との事知ってるんじゃないの?」
『律希君に対する牽制なんじゃない?
貴之君とはもう関係を持たないでくださいっていう』
「関係って、言い方。
律希、もう貴之に未練なんてないと思うけどね」
『そうなの?』
「律希はもう大丈夫だよ」
僕の言葉に現状を理解したのだろう。
『もしかして、あんた…』
「僕じゃないよ」
『………律希君なら反対しないのに』
「あいにく僕はストレートみたいだから」
『………知ってるけどね。
でも、それなら出席して美味しいもの食べてきたら?
それで、大丈夫な律希君見せて後悔させて来なさいよ』
母は母なりに怒っていたのかもしれない。
『律希君のお母さんとも就活中の息子にご祝儀出せとは言えないから出世払いで返してもらおうねって話したから行ってきたら?
スーツも出しておいてあげるから』
そこまで言われたら断る事なんてできなかった。
律希も同じように母親に言いくるめられたようで「サプライズなんて馬鹿みたい」と言ってはいたけれど「貴之に出したご祝儀なんて、出世払いで返す気無いもんね~」と笑顔を見せる。
「逃した魚は大きかったって後悔させてやる」
不穏な言葉は聞かなかった事にしておこう。
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