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「ねぇ、どういうつもり?」  貴之が通話ボタンを押したタイミングで先制攻撃を仕掛ける。  出席を了承したものの、サプライズで出席する気なんて全く無い僕は式の少し前に貴之に電話をかけた。  この時期なら貴之が出席を阻止しようとしても今更だろう。 「あ、先ずは結婚おめでとう。  相手は安珠さんだっけ。  良かったね、初恋の相手だよね」  言い分も言い訳も聞きたく無いと伝わるように、声に感情を込めないように気を付けて言葉を続ける。 「で、ケジメをつけることもなく結婚するんだ。  まぁ、2人のことだから僕が余計なこと言うのも違うけど、ケジメつける気ないなら僕たちに関わらないでくれない? そもそも、自分から連絡してくるでもなくて親経由でとか、舐めてる?」  僕の言葉に何も返さない貴之は何を言われているのか理解していない様子だ。サプライズで母親と嫁が動いているだなんて気付いていないのだから仕方ないけれど、それでも笑って許せるようなことではない。 『親経由とか、何のことがわからない』  挨拶もなく話し始めた僕に少し不快感を滲ませた声で答える貴之は、思ったより冷静だ。だけど〈親経由〉と言われて思い当たることがあったのだろう、小さくため息をつくと気付いたであろうことを口にする。 『俺は、律希と健琥は呼ばないって言ったはずだけど…』 〈無知は罪〉そんな言葉が頭に浮かぶ。  貴之が知らないうちに計画された母の悪意は想いを残した律希を傷つけただろう、佐崎の存在がなければ。  そして律希が傷ついたとしても貴之は「俺は知らなかった」と平気で言い、律希をさらに傷つけたはずだ。  あのおばさんのことだから貴之にバレないように上手いこと嫁を丸め込んだのだろうけれど、それでも貴之を許す気にはなれない。 「そうだと思ったけどね」  貴之は無知なだけで悪意はないと思うけれど、それでも貴之の周りに悪意が無い訳じゃ無い。ため息が自然に出てしまう。 「貴之は僕たちの大学や就活を気にして呼ばないって言ってるけど、出席してくれるように話してみてくれないかしらって、僕たちの母さんに言ったらしいよ? 足を怪我した時に支えてくれた幼馴染をサプライズで呼びたいって。  僕は何も支えた覚えはないけどね」  そんな風に言ってみても貴之から謝罪の言葉が出る事はない。 「律希に断ってもいいよって言ったんだけど、断っても何度も言われたら断れないよね、あの性格だと」  そう、母達ははじめ「聞くだけ聞いてみるから」と伝えたそうだけど、何度も何度も出席の打診があったらしい。  ある意味執念だ。  そして、律希が断れない性格なのは貴之も知っているだろうけれど、当の律希は嫌々出席する訳ではなくて、何故か乗り気なのは言う必要のないこと。 『それじゃあ、来るの?』 「行きたくないけど外堀から埋められたら逃げられないよね。  貴之には出席すること言うなって言われてるけど、動揺して馬鹿なこと言われても困るから」  そう言って「貴之のためじゃなくて律希のためだから」と付け加える。律希の復讐(?)のためだとはわざわざ言う必要はない。 『健琥って、やっぱり』 「また、それ?」  散々僕と律希の関係を疑ってはいたけれど、その誤解はまだ解けていないらしい。何度も疑われ、この先もまた疑われるかもしれないと思いしかたなしに口を開く。僕たちの知らないところで事実ではない噂話を流されても困るからと諦めの気持ちで。 「まあいいや、結婚する前にスッキリしたいでしょ?  僕の初恋は律希だよ」  そして訪れる短い沈黙。 『…何、それ?  お前、やっぱり』  思った通りのリアクションが返ってきて苦笑いを浮かべながらも呆れてしまう。結局、貴之は律希のことも僕のことも信用していなかったのだろう。 「ちゃんと最後まで聞きなよ。  初恋って言っても初めは律希のこと女の子だと思ってたからだし。だけど律希が男の子だってわかった時から僕にとって弟みたいな存在でしかないよ。  何度も言ったよね、僕の恋愛対象は異性だって」 『じゃあ、何で?』 「何が?」 『それなら、何で律希をそっちに連れて行った』  そう来たかと少しだけ感心する。貴之と離したくて進学先を決めた事は気付いていたようだ。律希が地元に残っていればこんな事にはならなかったのに、なんて思っているのだろう、きっと。どこまでも他力本願な貴之は、律希が地元に居れば安珠と関係を持つことも無かったと平気で口にしそうだ。  だから釘を刺しておく。 「そんなの、貴之のこと信頼できないからに決まってるでしょ?  そもそも受験で大変な時期に自分の気持ちを押し付けるような人間、信頼できると思う?  貴之だけが悪いわけじゃないけど、自分の進路が決まってるからって相手のこと気遣えないような奴に、大切な弟を任せることなんてできないよね」  ずっと腹立たしく思っていたことをストレートにぶつける。それならば会いに来なければ、と逆ギレされそうだけど、幼馴染が真剣に取り組んでいた部活をあきらめるほどの怪我をしたと聞いて放っておく事なんてできなかったのだからその気持ちまで否定されたくない。 「せっかく高校の時に距離取ったのに、あのタイミングで再会するなんてね」 『だったら何であの時に律希、連れて来たんだよ』 「だって、連れて行かなかったら執着したでしょ?まぁ、連れて行っても執着したけど。僕がストッパーになればと思ったのに律希は暴走するし」  そう、貴之の律希に対する気持ちは好きとか嫌いとかではなくて、ただの執着だ。常に僕と行動をしていた律希のことが欲しいと、自分の隣に立たせたいと、僕よりも優位に立ちたいと拗らせてしまった想い。 「大体、律希の好きと貴之の好きは種類が違うでしょ?  律希は本当に貴之の事好きだったけど、貴之は僕より優位に立ちたいから律希を独占したかっただけで、律希のこと好きだったわけじゃない。  心変わりするにしても、好きだったらちゃんと終わらせてから次に行くよね。  それに、そっちにいて周りに2人の関係がバレたら貴之逃げたんじゃない?  律希のことを守るなんて、出来なさそうだし。  僕はそっちで進学する気はなかったから、そうなった時に律希を守ることができないからこっちに連れてきたんだよ」  そう、あの街が嫌いで、マイノリティを受け入れたがらないあの街に律希を残したくないから、なんて〈万が一〉を考えて随分早い段階から進路を決めていた僕は普通ではないかもしれない。  自分の進路はそれだけのために決めた訳ではないけれど、それも理由の一つだと言ったら律希を困らせるだろうか?  だけど、律希の貴之に対する恋慕を知った時に僕がなんとかしなければと思ってしまったんだ。  律希は僕のことが2番目に好きだったなんて言うけれど、それは傷ついた時に庇護してくれたからそんな風に思っただけで刷り込みと同じだ。  それを利用して律希を囲い込んでしまうこともできたけど…それは狡いと思ってしまい、ただただ庇護することしかできなかった。  もしも好きになってくれるのなら、正常な判断ができるようになってから選んで欲しかったから。  そして、正常な判断ができるようになった時に律希が選んだのは僕ではなくて佐崎だった。  選ばれない苦しさなんて、貴之よりもずっと前から知ってる。  自分の想いをあの街で伝えることがどれだけのリスクを伴うのかなんて、そんな事に気付きもしないで律希に想いを告げた貴之が羨ましくもあり、憎かった。  僕だって、僕だって、その言葉を何度飲み込んだと思っているのだろう…。  結局、1番目にも2番目にもなれなかったのは僕だったのに、それでもまだ律希を守りたいと思ってしまう。  律希は1番にも2番にも選んでもらえなかったから佐崎を選んだと言ったけれど、佐崎は正真正銘2番目に好きな人だ。だからきっと、律希のこれからは幸せが保障されているだろう。 『それじゃあ初恋の相手追ってそっちに行くって、嘘だったのか?』  沈黙の間にそんなことを考え、今朝も嬉しそうに佐崎の話をしていた律希を思い出す。律希が幸せなら僕はそれで良いんだ。 「そうだね、初恋の相手がどうこうは口実なだけ。そう言っておけば煩わしくなかったし」  そして、中途半端に田舎で、中途半端に街である地元の事が嫌いだと、ずっと嫌いだったと告げる。  僕があの街を嫌いになった理由が、律希と貴之に接する大人の露骨さでもある事に貴之にが気付いている様子はない。これから結婚して、子どもができて、孫ができて、その間に地元に浸透して受け入れてもらえれば良いのにな、とは思っている。安珠があのおばさんのように損得だけで動かなければ大丈夫だろうけど、結婚相手は母親と似た人を選ぶと言うから少しだけ心配だ。  貴之の子なら人の好意には敏感で人の悪意には鈍そうだけど、僕みたいに気付いて心を痛める友人が出ないことを祈りたくなる。 「貴之、なんで高校の時に彼女作っておかなかったの?  何で、律希に手を出したの?  律希のこと、最後まで守る気なんてなかったくせに」  今更言ってもどうにもならないことを貴之にぶつけてみる。  そもそも、貴之に彼女がいれば幼馴染の僕たちを頼ることも無かっただろうし、あのおばさんだって僕たちにわざわざ声をかけたりしなかっただろう。「怪我した貴之のことを彼女が支えてくれてるんですよ」なんて自慢はしただろうけど。  そうすれば律希は諦めるしかなかったはずだ。  貴之が最後まで律希を守るつもりだったならこんな終わり方にはならなかったのだから、やっぱり貴之に優しい言葉をかける事は僕にはできない。  せめて事の顛末を直接伝えられれば時間がかかっても〈幼馴染〉と言う関係を取り戻すことができたかもしれないのに、それを諦めたのは貴之だ。 『ごめん』 「僕に謝られてもね」 『でも…ごめん』 「…とりあえず、式には2人で出るけど動揺して馬鹿なこと言わないようにね。   これ以上、律希を傷つけるなよ」  冷たくそう告げることしかできなかった。  本当は貴之だけが悪い訳じゃない、律希にだって悪いところはあったし、律希だって貴之だけじゃなかった。だけどそれは2人で話をして発覚して、お互いを許し合うべきことだったのだから僕が口を出す必要はない。  どこまでいってもその道を閉ざしたのは貴之なのだから。 「じゃ、安珠さんとおばさんによろしくね」  それだけ言って通話を終える。  貴之には貴之の言い分があるだろうけど、その言い訳をせずに逃げたのは貴之だ。律希の肩ばかり持つのは…選ばれなくても律希の事が好きで大切で守りたいと思ってしまうから。  初恋は律希だけど恋愛対象ではないなんて、そんな言葉を信じる律希も貴之も素直すぎるというか、馬鹿というか。  僕の恋愛対象は同性ではないけれど、律希だけは特別。母も気付いていたけれど見て見ぬ振りをしてくれていたのだろう。  マイノリティを否定する気はないけれど、マイノリティの生きにくさも否定しない。 「日本ではまだ男の子同士の結婚は認められてないのよ。  特にここでそんなのが人に知られたら嗤う人もいるし、嫌がる人もいる。  だから、律希君のことが好きならその気持ちを大切にしまっておきなさい。  大人になって、それでも律希君が好きだと思った時には伝えてもいいけど…その時はこの街じゃない場所で生活しなさいね。  あなた達が心無い言葉で傷つけられるのは嫌だから」  まだまだ恋愛の意味も知らない僕に母が言った言葉を思い出す。  僕があの街を出たいと思ったのはこれが刷り込みになっていたのかもしれない。  僕の初恋が叶う事は無かったけれど、律希を守ることができたならそれはそれで良かったのだと思う僕は、どこまでいっても律希の兄から抜け出す事はないのだろう。
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