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「貴之、安珠ちゃん、おめでとう」  そんな風に言われて笑顔を見せる2人を遠巻きに見ながら美味しい食事を楽しんでいる律希と僕は、案外図太いのかもしれない。 「2人が来るって知らなかった」  席次を見た友人達は貴之から僕たちは呼ばないと言われていたと驚いた顔を見せる。 「僕たちの試験や就活に気を遣ってくれたみたいだけど、おばさんからサプライズでどうしてもってお願いされたから」  と僕が言えば 「だって、大切な幼馴染だしね」  と律希が可愛らしい笑顔を見せる。  佐崎と付き合うようになった律希は〈愛される〉ことを実感したせいか、自分に自信を付け一段と人目を引くようになった。そうなると〈お姫様〉の時に関係を持った相手からもう一度と声をかけられる事も増えたようだけど、律希の隣に立つ佐崎がそれを許すはずがない。 「お前、上手いことやったな」  なんて言われる事もあるみたいだけど 「祐樹がボクを選んだんじゃなくて、ボクが祐樹を選んだんだよ?」  と言って相手を撃沈させたと喜んで僕に報告したのは佐崎だ。  ………このバカップルめ。  律希はやっぱり策士だし、タチが悪い。  高砂に座る2人よりも僕たちに声をかけて一緒に写真を撮ろうとする同級生達は「どうせこのあと二次会もあるんだし、安珠と貴之とはその時にゆっくり話せるしね」と言うけれど、今日の主役は僕たちじゃない。 「律ちゃん、健ちゃん、今日はありがとうね」  そんな風に貴之の母から声をかけられたタイミングで「2人のところにも行っておいでよ」と高砂に向かうよう声をかける。  そして、貴之の母と向かい合う。  色々なことを理解していたくせに、律希を、そして息子である貴之までも傷つけようとした張本人は何も知らない顔で笑顔を見せる。 「本日はおめでとうございます。  お車代もありがとうございました」 「本日はおめでとうございます。  良いお式ですね」  僕が挨拶をした後で律希が綺麗な笑顔を見せる。それは心からの笑顔に見えたけど、少し皮肉めいた目をしているのは僕と佐崎にしかわからないだろう、きっと。 「美味しいもの食べられるけど、スーツ気にしないといけないから面倒くさい」なんて頬を膨らませていた律希が「でもさ、せっかくのお式にボクたちの顔見て貴之は落ち着いてられるのかね?」とニヤニヤしたのは僕しか知らない律希の裏の顔。この顔はまだ佐崎には見せていないはずだ。 「安珠さんは美容師なんですね」  地元の友人だけでなく仕事仲間も呼んだ安珠側の招待客は、髪も化粧もネイルも華やかだ。同級生も綺麗に着飾ってはいるけれど、なれない服装や髪型に動きがぎこちなくなるのも仕方がないのだろう。「せっかく綺麗にしたのに本職の人たちと並ぶと霞む」とぼやいたのは同級生の女の子。 「そうなの。  でもこれでお仕事辞めて家に入ってくれるんですって。  私が仕事で忙しくしてるからお家のことは任せてくださいって、良いお嫁さんが来てくれて、これで貴之も落ち着くと良いんだけど」  そう言ってチラリと律希を見たのは気のせいじゃない。律希が痛みを堪えるような顔をしていれば満足だったのだろうか?  だけど、当の律希は惚れ惚れするような笑顔を浮かべて「そうだと良いですね。貴之君、流されやすいみたいだし」と言い放ち、ふふッと笑う。  その姿はお姫様というよりも女王様だ。佐崎の存在が律希を強くしたのだろう。 「健ちゃんと律ちゃんはこっちに帰ってくるの?」  予想と違う態度が気に入らないのか、律希の言葉に何か思うところがあるのか、今度は仕事も順調だし、お嫁さんも来てくれた。もうすぐ子どもも産まれるから貴之はもう大丈夫だと言い放つ。  子どもが産まれるというのは隠し球だったみたいだけど、そんな話は席に着く前にした雑談でとっくに聞いている。律希も別に何も思わないようで興味無さげに「おめでたいね~」と笑っただけ。  律希の中で貴之との事はとっくに終わった事なのだ。 「僕たちは向こうで就職しますよ。  こっちに戻ってくる気はありません」 「あら、2人とも?」 〈2人〉を強調するところが気持ち悪い。  きっと、僕と律希の関係を勘繰って、揶揄しているのだろう。 「そうです。  就職したら同居は解消ですけどね」  挑むように律希が口を開く。 「あら、そうなの?  2人はずっと一緒なんだと思ってたんだけど」 「同居は学生の間だけのつもりですよ。  いつまでも健ちゃんに甘えてられないし、行きたい会社も違うしね」 「そうだね。  お互いの会社の中間にしたとしても…時間の無駄だし」 「それでもたまには遊んでね?」 「気が向いたらね」  そんな会話に面白くなさそうな顔をするけれど、それでもまだ攻撃をしたいようだ。 「2人で住んでたら彼女なんてできないんじゃないの?」  揶揄されているのは分かったので次の言葉を探す。だけど先に口を開いたのは律希だった。 「2人で住んでたら彼女できないって、本気で言ってます?  家族と住んでたって彼女も彼氏も作れるし、浮気だってできるし子どもだってできるじゃないですか?」  その言葉に明らかに顔色を変えたのは、何を言われたのかを理解したからだろう。 「健ちゃんなんてモテモテですよ?  彼女、できないんじゃなくて作らないだけだよね、健ちゃんは。  僕は…まぁ、幸せですけどね、今は」  余裕の笑みは幸せそうな律希によく似合う。 「なに、貴之の結婚式で惚気?」 「事実だし」  律希の笑顔を見れば、貴之に未練がないことなど一目瞭然だろう。  だけどチラリと高砂に視線を向ければ貴之が急いで目を逸らすのが見える。  せっかくの晴れの席なのに、それなのに僕たちの動向を伺いながら高砂に座る貴之はどんなことを思い、どんなことを考えているのだろう。  本来なら幸せの絶頂のはずなのに、貴之よりも律希の方が幸せに見えるのは気のせいじゃない。  律希の様子が予想していたものではなかったせいか「それじゃあ、楽しんでいってね」と僕たちに声をかけて背中を向けた貴之の母は、息子の現状をどう思っているのだろう。  あの様子を見ると貴之と律希の関係を理解していたし、2人の顛末も気付いていたのだろう。  自分の中で溜め込んできた不満を律希にぶつけるつもりが、全く響いていないことに余計に不満を溜めたのかもしれない。自分の息子のした仕打ちを知らないはずないのに、それなのに何度も結婚式に出席するように打診してきたのは幸せそうな2人を見せつけて、律希の希望を打ち砕くためだったのかもしれないけれど、ダメージを受けたのはきっと貴之の方だろう。  結局、式の間に貴之が僕たちのところに来る事もなく、僕たちも貴之のところに行く事もなく、和やかな雰囲気のままお見送りの時間となる。  同級生の話を総合すると20歳の集いで再会した貴之と安珠は同窓会で意気投合し、2次会、3次会と流れ、そのまま貴之の部屋へと向かったらしい。  そして、それを安珠が友人達に話したせいで周知の事実となる。  なるべくしてなった結果だ。 「貴之、安珠ちゃん、おめでとう」 「貴之も安珠さんもおめでとう」  お見送りで並んて立つ幸せなはずの2人は、僕たちの前で対照的な顔をした。 「2人と写真撮りたかったのに、高砂に来てくれなくて寂しかったのよ?」  そう笑う安珠と微妙に目を逸らす貴之。僕たちの視線が交わる事はもうないのかもしれない。 「盛り上がりすぎてて入っていけなかったんだよ~。  地元離れちゃうと遠慮しちゃうんだって。ボクだって行きたかったけど入るタイミング逃しちゃってさ~」  軽い口調で安珠と話す律希は心から楽しそうだ。貴之のことなんて全く気にしていないのだろう。 「向こうで就職しちゃうからなかなかこっちに帰ってこれないけど、また何かあったら声かけてよ。  同窓会とか」  そう言ってチラリと貴之に視線を向けてニヤリと笑う。  律希は本当にタチが悪い。  少しだけ、本当に少しだけ貴之の事を気の毒に思ったけど「じゃ、2次会は出れなくて申し訳ないけどお幸せに」そう言って2人に背を向けた。  久しぶりに元彼に会うと聞かされていた佐崎は、律希が来なくてもいいと言ったのに駅まで迎えにきていた。 「来なくても良かったのに」と言いながらも嬉しそうな律希は「カタログとか全部置いてきたけどこれ、お土産」と焼き菓子を佐崎に見せる。佐崎と一緒に食べるのだと焼き菓子だけは持ち帰ったのだ。 「あ、健ちゃんの分の焼き菓子はボクと一緒に食べようね」  そんな勝手なことを言って「今日は佐崎の部屋に行くね」と荷物を佐崎に押し付けた。  お姫様から女王様に進化した律希は案外強かだ。  結婚式から少ししてから貴之から手紙が届いた。  僕には結婚式に出席したことと、事前に出席を知らせたことに対するお礼だったけど、律希にはなんだか長い手紙だったらしい。  人の手紙を見る趣味なんてないけれど「健ちゃん、見て見て。貴之がごめんなさいだって」とその内容を告げる。 「なんか、色々言い訳してたけど〈もういいよ。お幸せに〉って送っておいた。 〈ボクも幸せだから〉ってね」  と、メッセージを返したと笑う。 「良いの、それで?」 「良いんだよ。  それにしてもさぁ、電話とかメールだと見られる可能性があるからとか、もう尻に敷かれてるんじゃない?  仕事場で休憩中に書いてたらこんなに遅くなったとか言い訳して、先が思いやられるね」  吹っ切ったはずの律希が少しだけ淋しそうな顔をしたことは見なかったフリをしておこう。 「それじゃあ健ちゃん、4年間ありがとうございました」  卒業式が終わって少ししてから、同居を終えるその日に律希が泣きそうな顔で言う。 「何しんみりしてるの?  しんみりするような距離じゃないし、祐樹が出張の時はどうせ僕のこと呼ぶんでしょ?」 「そうじゃないと俺も心配だし。  健琥ならうちに来てても、律希が行ってても安心だからな」  僕の言葉に律希の隣に立った祐樹が笑う。  あれから律希と佐崎の仲は順調で、部屋に何度も遊びに来る間に僕たちは打ち解け、気付けば祐樹、健琥と呼び合うようになっていた。健ちゃんと呼ぼうとするのを阻止した結果でもある。 「1人で淋しかったらいつでも呼んでね?」 「気楽になって伸び伸びできるかもね」  そんな軽口を叩ける関係が心地良い。  貴之が居たはずの立ち位置は祐樹のものになったけれど、僕と律希の関係はこれからも変わることはないのだろう。 「じゃ、またね」  そう言って律希と過ごした4年は幕を閉じた。  初恋に敗れて泣いた律希だったけど、今は祐樹の隣で幸せそうにしている。  安珠との初恋を成就させた貴之は、子どもが産まれて父親になったと聞いた。  そして、律希との初恋を良い思い出だと言える僕は、律希を祐樹に託し新しい一歩を踏み出した。  律希の兄のようなポジションが変わることはないけれど、これからは祐樹が律希を支えてくれるだろう。
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