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5
『律希、好き』
お互いの独占欲を確認しあってからは貴之はとにかく甘い。
朝は《おはよう》のメッセージから始まり学校にいる間も折に触れて入るメッセージ。時にはひょこりと覗き込むような何が言いたいのかわからないスタンプが送られてきたり、既読のつかないメッセージに対して怒ったようなスタンプが続いたりする事もある。
寝る前には声を聞きたいと電話を繋ぎ、一言二言交わ『律希、好き』『律希、会いたい』『律希、おやすみ』毎日繰り返される言葉はボクを欲張りにさせる。「ボクも好き」「ボクも会いたい」「貴之、おやすみ」言葉だけじゃ足りない。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
そんなボクの変化に健琥が気付かないわけがなかった。
「律希、貴之元気?」
「ん?元気だよ」
「…僕、やめとけって言ったよね?」
誘導尋問にもならない、ただの引っかけに気付かず応えてしまい、健琥に呆れたため息を吐かれる。
「貴之は進路決まってるけど律希はこれからが大切って自覚してる?」
「成績は落とさないし」
「口では何とでも言えるよね。
大学、近くにするの?」
「そんなことは…」
「でも、考えてるよね」
淡々と続く言葉に反論できず黙り込んでしまう。貴之から離れるために行きたかった大学だったけれど、離れる必要が無いのなら進路を変えても良いかもと思わないわけではない。だけど、それを健琥に告げることはできない。
「健ちゃん、怒ってる?」
「怒っては無いけど…呆れてはいるよ?」
「だよね…」
ボクから貴之を離そうとしたのに怪我をしたからと連れて行ったのは健琥じゃないかと思わないわけではないけれど、健琥から聞かなければ親経由で聞かされて1人で会いに行っていただろう。そう思えば健琥がボクに声をかけたのは間違いじゃない。
そうならないために、流されないために一緒に行ったのに、健琥の気持ちを知っていたのにこそこそと隠れるようにして貴之に会ってしまったのはボクなのだ。
「まぁ、律希がどこに行くかは自由だから進路変えたいならそれも仕方ないと思うよ」
そう言いながらも「今まで頑張ってきたのにね」と続けるのは嫌味なのだろうか。
「まだ進路変えるとは言ってないし」
「行きたくても行けなくなるかもね」
やっぱり嫌味なのだろう。
「僕は大学行って、こっちにはもう戻らないつもりだから」
だからお別れだねと言いたいのか、見放されたような淋しさを感じてしまう。
「別に律希の行きたい学部は近くでもあるし、あそこなら今の学力落とさなければ余裕でしょ?」
具体的な大学名を出されてしまい、その大学も受けようと思っていたボクは見透かされたようで居心地が悪い。受かれば健琥と同じ大学に行くつもりだけど、そちらが駄目ならこっちでも良いと、むしろ第一志望に落ちてもこちらに合格できればいいとさえも思っていることに気付いているのだろう。
一番近くでボクを見ていた健琥にはきっとお見通しだ。
「律希、こんな嫌なこと一度しか言わないからね。
律希の好きと貴之の好きは今は同じかもしれない。だけど、その好きが同じじゃなくなった時のこと、ちゃんと考えて、覚悟して進路決めなよ。
もしも好きの形が変わった時に、逃げる場所ちゃんと作っておきなね」
「それって…健ちゃんとことか?」
「その時の僕の状況にもよるかな。
いつでも律希のこと、受け入れられるわけじゃないと思うよ。僕には僕の事情があるだろうし。
卒業してからなら逃げ道もあるだろうけど、在学中にそうなる可能性だって当然あるんだからね」
浮かれた気持に水を差された気分だった。
「夏休み終わったら貴之の友達も時間できるだろうし」
今しか見てないボクと、先を見ている健琥では見えている風景が違うのかもしれない。
「とりあえず模試の結果がひとつの目安なんじゃない?」
〈一度しか言わない〉と言った通りそれ以上苦言を呈することは無かったけれど、それでも先を見据えた言葉をくれる。
「成績落とさなければ何だってできるし、どこにでも行けるからね。本当はもう少し上げれば安心だけど、とりあえずキープは絶対」
それが出来れば何も言わないと口にしては言わないけれど、その言葉を容認の言葉だと理解する。
「夏期講習はちゃんと受けるんだからね」
優しさなのか、呆れなのか、よく分からないまま終わった話はそれ以上蒸し返されることはなかった。
一緒に学校に行き、一緒に塾に行き、一緒に帰宅する。途中で別れて貴之の部屋によるボクのことに気付いているはずだけど、健琥は何も言わない。
だから、健琥に言われたように成績を落とさないよう睡眠時間を削って勉強をしていた自覚はあった。
その日、塾の後で貴之の部屋に寄ったのは金曜日だったから。週末に頑張るための栄養補給だからと自分に言い聞かせ、金曜日に顔を見ることで1週間モチベーションが保てるのだと自分に言い訳する。
貴之を諦めることはできないし、健琥に幻滅されたくもない。欲張りなボクはきっと頑張りすぎていたんだ。
いつものように部屋に通されたボクは、今日も両親はいないという言葉に安心して眠ってしまったらしい。子どもの頃から知っているからか貴之との関係が後ろめたいせいもあり、両親のどちらかがいるだけで妙に緊張してしまう。
「律希、寝るならベッド使いな」
そう言われて無意識にベッドによじ登り、そのまま眠ってしまったようだ。
「律希、寝ちゃったので帰るの遅くなります。このまま起きなければ泊めるので」
そんな風に聞こえたのは夢なのか、現実なのか。
「制服、シワになるから脱いだほうがいいよ」
外されるベルトと脱がされるスラックス。ジャケットは部屋に入った時に脱いだ覚えはあるけれど、少しだけ身体を起こされ袖が抜かれたのはワイシャツのボタンも外されたからだろう。
「俺の前でこんなに無防備になる律希が悪いんだからな」
夢現の中で聞こえる貴之の絞り出すような声。そして、何度も降るように与えられるキスの雨。くすぐったいと言おうと口を開ければすかさず入ってくる舌に応え、舌を絡ませる。
「律希、律希、」
キスの合間に名前を呼ばれ、やっと夢ではないのだと気付き目を開ければ欲望を隠そうともしない貴之と目が合ってしまう。
「律希のこと、触らせて」
ボクのことを跨いで見下ろした貴之は、答えを聞くことなくボクに触れる。
瞼に落とされたキスに目を瞑ればその大きな手でそっと髪を撫でる。
そして、その長い指はボクの耳に触れ、首筋に触れ、鎖骨をなぞり脱がされなかったシャツの上から胸の飾りを探り当てる。
「たかゆき?」
予想していなかった刺激に身を捩る。
「た、か」
その刺激が怖くてもう一度名前を呼ぼうとしたのにその声は貴之のキスに飲み込まれてしまう。
逃げ出そうとしても貴之に押さえつけられて仕舞えば敵う訳がなく、恋心を抱いているボクはむしろ受け入れようと身体の力を抜いてしまう。それを同意と取ったのだろう、シャツを捲り上げ直接胸の飾りを指で捏ね、ボクの反応を楽しむように顔を覗き込む。気持ち良さを感じることは無いけれど、貴之に触れられていると思うと下腹が反応するのを抑えることはできない。それを悟られぬようにしたいのに、下着しか身につけていないボクはそれを隠す術がなかった。
「ふぁ、ん…ゃ」
指で捏ね、摘まれ、それに飽きた頃に舌を這わされ思わず声が漏れる。
その反応に気を良くしたのか片方は指で弄び、片方は舌で弄ばれる。
指の動きを再現するように舌で捏ね、硬くなったそこを吸い、甘噛みしながら遊んでいたはずの指は下へと伸びていく。脇腹をなぞりくすぐったさに身悶えれば臍の窪みで指を遊ばせる。そして、慣れない刺激に反応してしまった陰茎を下着の上からなぞり意地悪く言った。
「ねぇ、下着が濡れてるよ?」
「……っ‼︎」
その言葉に途端に恥ずかしくなり何とか抵抗用とするものの、力で敵うわけがなくギュッと抱きしめられてしまう。
「ゃだ、貴之」
触れたいと思ったのは本当の気持ちなのに、直接的な言葉を言われてしまうと怖くなってしまい訳もわからず涙が溢れる。
「もぅやだ、かえる」
「たかゆき、こわぃ」
ジタバタと貴之の腕から抜け出そうとするものの、抱きしめる力はますます強くなり頭の上から「ごめん」と声が聞こえる。ボクに跨っていたはずの貴之は気付けばボクを抱きしめたまま隣に寄り添っている。
「可愛くて調子に乗ってた。
律希が無防備だから許してくれたのかと思って…」
言い訳をしながら少し落ち着いたボクの髪を撫でる。
「可愛くて我慢できなかった。
ほら、わかる?」
そう言ってボクの下肢に自分の下肢を押し付ける。「恥ずかしいのは律希だけじゃ無いから」と囁きながらボクの手を取り硬くなった陰茎を見せ付けるかのように手を重ねさせる。
ボクの手が触れると「ふぅ」と吐いた息が艶かしい。
「そのまま、触って?」
ボクの手に自分の手を重ね、その形をなぞらせながらボクの陰茎にも触れ刺激を与えてくる。貴之の昂りに煽られるようにボクの口からも吐息が漏れる。
「最後まではしないけど、一緒に気持ちよくなろ?」
そうなってしまうとお互いに止めることはできなかった。
「直接、お願い」
自分で下着をずらした貴之が今度はボクの手を直接陰茎に導く。
「おっきぃ」
自分のモノのサイズ感との違いに思わず呟けば「どれ?」とボクの下着をずらしてその手で触れられる。ビクリと腰を引こうとすれば大きな手で優しく握られ逃げ道を塞がれてしまう。
「律希の、可愛い」
その言葉に少しプライドを傷つけられた気になるけれど、「ほら、同じようにして」と手を動かされてしまえばその刺激に流されてしまう。
「たかゆき、きもちいぃ」
「律希も、動かして」
その言葉に同じように手を動かしてみる。ボクだって健全な男子だ、自慰をすることだって当然あるため普段自分がしているように手を動かす。貴之の手の動きに時折おざなりになるけれど、それでも漏れ出る吐息で感じてくれているのだろうと思い、その喜びと自分のものとは違う手の動きにそっと吐息を漏らす。
荒くなる息遣いとくぐもった吐息。そして、自分とは違う手の動き。
2人の出したものが水音を立てる。
耳で、手で、刺激を与えられたそれが、そろそろ限界だと気づいたのだろうか。
「律希、イって」
その大きな手でボクの手ごと2人分の昂りを包み込み「一緒にイこう」と囁かれたと同時に達してしまうけれど、硬さを保ったままの貴之はその手を止めてはくれない。
「たかゆき、やだ。
はなして」
「俺もイくから」
ボクの言葉を聞かず、その手の動きを早めてすぐに貴之も達したのだろう「うっ…」と息を詰めると張り詰めた貴之のモノがビクリと震える。
立ち込める青臭い匂いと手に絡みつく体液、そして2人の間に出された熱さ。
離した手の処遇に困っていると慣れた手つきでティッシュを取った貴之がボクの手も拭いてくれる。戸惑いながらもされるがままのボクを見て嬉しそうに笑い、汚れた腹部も拭いてくれるけれど、悪戯された身体はその欲の名残で思わず声を漏らしそうになってしまい唇を硬く結んで我慢する。
「律希、可愛い」
硬く結んだ唇に自分の唇を重ねた後で「風呂、入る?」と聞かれたけれど帰宅してから入ると告げ、身体を起こす。
眠気は覚めたし、少し遅くなったけれど家の風呂にゆっくりと浸かりたい気分だった。
「今日は帰る」
その言葉に「泊まればいいのに」と拗ねた顔を見せるけれど、この関係を続けるためにもケジメを付けることは大切な事だと自分に言い聞かせる。
「また来たいから、今日は帰るね」
ボクの言葉の意味を理解したのか貴之がニコリと笑う。
「また、待ってる」
玄関で別れ際にそっと触れるだけのキスをくれた貴之はそう言って微笑む。
これがボクが貴之の家から帰る時の定番の挨拶となる。
最後に交わした挨拶もこの挨拶だったな、そう思い出して唇に指で触れれば思い出して切なくなるけれど、これはきっと…未練なのだろう。
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