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《明日、2人とも帰って来ないんだって。  泊まれるよね?》  最後まではしないものの、週末に貴之の部屋に寄れば自然と触れ合う関係から一線を超えたのは梅雨に入る少し前。  初めて部屋に行った時は窓を開ければ肌寒いくらいだった。  部屋に通ううちに季節は移り変わり、触れ合う関係になってからは暑くても窓を開ける事なく過ごし、ボクが帰る時にそっと窓を開けて換気しているのには気付いていた。  2人で精を放てば部屋に籠るものもあるのだろう、きっと。  そして、少しずつ気温が上がりエアコンを入れるようになった頃に言われた言葉。その言葉が何を示しているかなんて聞かなくてもわかる。  きっと、そういう事なのだろう。  その日は貴之の家に泊まると告げ家を出る。〈幼馴染〉という言葉はとても便利なモノで、互いの家族もよく知っているせいかこんな時に反対されることは無い。むしろ、怪我をして部活を諦めた貴之の事を気遣う母はお土産の用意をしておくと楽しそうだ。 「泊まるなら着替えが必要だし、一度帰ってくるでしょ?」と当たり前に言うけれど、ボクたちの関係を知ってもこんな風に笑ってくれるのだろうかと考えてしまう。  健琥には気付かれているボクたちの関係だけど、親に告げる勇気はない。それでも泊まる準備は万端だ。  期待と緊張でいつもと雰囲気が違うのか、「程々にしときなよ」と健琥に言われてしまった。ボクの仕草やボクの態度でその変化に気付きながらもたまに釘を刺すくらいで見守ってくれている。 「模試の結果、良かったし」  そう反論すれば「それ受けたの、貴之の部屋に行く前でしょ?」と鼻で笑われる。確かに結果が出たのは貴之の部屋に行くようになってからだけど、受けたのは貴之の部屋に行く前だ。 「別に、律希がしたいようにすればいいけど目標を見失っちゃダメだからね」  健琥の忠告を聞いておけば良かった、そんな風に泣く日が来るなんてこの時には思ってもみなかったんだ。  だから、貴之しかいない家でボクたちはその関係を進めた。  経験のないボクたちだったけど〈一般的〉な行為は友人との会話で知識だけはあると笑う貴之は「男同士だと少し面倒みたい」と言って調べた知識をボクに施そうとする。ボクだって全く調べなかったわけじゃない。流石にここにくる前に家で準備をしたと告げれば少し残念そうな顔をされたけど、それならばとそのまま部屋に連れて行かれる。  お互いにそのつもりだったのだから当たり前なのだけど、その日、ボクと貴之は一線を超えた。  ボクを傷つけないためにと知識だけはつけておいた貴之に全てを任せ、されるがままのボクは正直少しも気持ち良くなかった。  有ったのは恐怖と、痛みと、後ろめたさ。  貴之と繋がりたいと思ったのは本心からだし、受け入れたのもボク自身。だけど、ボクを気遣うふりをして好き勝手にされる行為で感じるのは違和感ばかり。  用意しておいてくれたローションは冷たくて不快だった。ボクは昂ることもなく、ローションの力を借りて入れられた指は増やされるごとに痛みを増す。  きっと、少しずつ少しずつ広げられれば快感を拾うことができたはずのそこは、足されるローションのせいで水音を立て、受け入れることができるかのように勘違いさせたのだろう。 「律希、挿れさせて」  萎えたままのボクとは対照的に昂った陰茎をボクの後孔に押し当てた貴之は、ボクの返事を待たずにボクを蹂躙した。  痛い  怖い  苦しい  だけど、貴之と繋がれたことは嬉しい。マイナスな感情は見ないふりをして、その喜びだけを思い浮かべれば苦痛な時間も我慢できた。  組み敷かれ、挿れられ、揺すぶられ。  今までの行為とは全く違う感覚に翻弄され、それでも貴之にそれを気付かれたくなくてほんの僅かな快感のようなものを拾い上げて声を出す。 「律希、イッていい?」  ボクを組み敷き、貴之が言った言葉に頷くことしかできなかったけれど、見上げればイくのを耐えているであろうその顔は壮絶な色気を醸し出している。その額から流れ落ちた汗がボクの顔に落ちる。 「たかゆき、イって」  その言葉で腰を2度、3度打ち付けて貴之は果てた。よく分からないけれどお腹の中が暖かくなった気がしてそっとそこに手を添える。 「律希、好きだよ」  ドサリとボクの隣に身体を横たえ貴之が言ってくれた言葉に「ボクも」と返したけれど、満たされないままのボクに気づかないまま貴之は眠りに着いてしまう。 「こんなもんか…」  貴之の腕の中にいるのに淋しかった。  欲望は満たされないままだけど、それでも心は満たされている。それだけで十分だと自分に言い聞かせるけれど、貴之の腕の中で泣いたのはボクだけの秘密。  きっとボクが女の子だったらもっと大切に抱いてもらえたのかもしれないなんて思ってしまったのは、貴之の初恋が女の子だったから。  代用品のボクはそれでも貴之といられる事が嬉しかったんだ。  貴之はボクとの行為を気に入ったのか、その後もボクとの行為を続ける。金曜日に会う時は〈する〉と決めたようで準備がしてないと言えばバスルームを使うよう促される。自分がやろうかと言ってくれたのは初めの一度だけで支度が終われば冷たいローションでおざなりに慣らして自分の欲望を満たす。  少しずつコツを掴んだボクは快感を拾うのが上手くなり、2度、3度と強請られれば自分でリードすることを覚える。  最初のうちは付けてくれていたコンドームは「この方が気持ち良いから、お願い」と言われて使うのをやめた。  それでも貴之と一緒にいられれば良かったんだ。  だって、貴之はボクの初恋だから。  1学期が終わり、夏休みになれば平日でも部屋に呼ばれ、冷房の効いた貴之の部屋で身体を重ねる。時間がない時には「口でして」と強請られて受け入れてしまうけれど、それだけのために呼ばれたのかと思うと虚しさしかなかった。  貴之のことは嫌いになれないけれど行為は好きになれないまま。だけど、求められれば身体は喜ぶし、挿れられればポカリと空いてしまった穴が塞がる気がする。 「律希、進路は変えないの?」  行為を終え、着替えている途中にかけられる声。貴之はベッドに寝そべったままだ。 「何で?」 「遠くに行ったらこんな風に会えないじゃん。別に健琥と同じとこじゃなくてもいいんじゃない?」 「でも目標にしてきたとこだし」  着替えの手を止めることなく答えると、自分の欲しかった答えと違ったせいで機嫌が悪くなるのがわかった。 「別に同じ学科なら近くにもあるんじゃないの?」  行きたい学科を話した事があったせいか、貴之なりに調べたのだろう。幾つかの大学の名前を並べるけれど、同じ学科であっても学べることに違いがある事を貴之は考慮してくれてない。 「ボクもまだいまいち理解できてないけど学科とか、コースとかあって学びたいコースがあるのが健琥と同じ大学なんだ」  言い訳のように告げた言葉に「そっか」と答えるけれど、納得してないのは不機嫌そうな態度を改めないから。「やっぱり近くの大学にする」と言って欲しいのは知っているけれど、それを言う勇気はボクにはない。だって、本来ならば異性愛者である貴之がいつ心変わりするかなんて分からないから。  いつだったか健琥に言われた言葉を思い出す。〈逃げ道〉を作っておけと言われたのはいつかくるその時を予想してだったのかもしれない。 「夏休み終わったら今みたいに来れないから」  話の流れで告げなければならないと思っていたことを伝える。はじめから夏休みまではと思って始めた関係だ。貴之の友人も部活を引退すれば時間が取れるだろう。 「何で?」 「何でって、受験勉強。  もともと夏休みの後は友達も時間が作れるって言ってたよね?」 「そうだけど…」 「…ボクの行きたい大学って、経営について学んだり経営に必要な資格取ったりできるんだよね」  少しでも自分に気持ちを残して欲しくて言ってみたその言葉。  はじめは夏休みまでと思っていた。  夏休みを過ぎれば貴之は友人との時間を取り戻すだろう。だからボクは受験に本腰を入れ、健琥と共にこの街を出る準備を始めるのだと。  だけど貴之を求め、貴之に求められ、ボクは欲張りになってしまった。 「貴之、家を継ぐんでしょ?  ボクが経営のことちゃんと勉強したらいつか貴之のこと、手伝うことができるかもって」  欲張りなボクは貴之との将来を望んでしまう。これからも、この先も一緒に歩んでいきたいと。 「それって、俺を選んでくれるってこと?」 「選ぶって?」 「健琥じゃなくて俺を選んでくれるの?」 「健ちゃんは違うよ。  貴之はすぐに健ちゃんのこと気にするけど貴之のこと好きな気持ちと健ちゃんのこと好きな気持ちは全然違うから」 「だから…健琥のこと好きとか言わないで」  ベッドから身体を起こし、真剣な顔でボクを見ている貴之は格好良い。  ベッドに座る貴之に跨り唇を重ねる。処理したはずの後孔から貴之の名残が流れ出した気がするけれどきっと気のせい。 「こんな風にしたいのも、女の子みたいに抱かれてもいいと思うのも貴之だけだから。ボクのこと、信じて?」  交わす口付けが深くなる。  先程の余韻で昂る貴之はスラックスの上からボクの後孔を探すけれど、その手をパシリと叩きベッドから降りる。 「いつか一緒に暮らしたら好きなだけしようね」 「いつかな」  その時から挨拶のように交わされるようになった会話。  素直に告げた〈貴之と健琥は違う〉と言う言葉に納得したのか、それからは健琥の名前を出しても不機嫌になることは少なくなった。そして、何かある度に将来のことを約束させられる。 「4年は我慢するから」 「長期休みは帰ってきて欲しい」 「毎日連絡するし、律希からの連絡が欲しい」  そう言ってボクを独占しようとする貴之のことを可愛いと思った。そんな風にボクを独占するから愛されてると勘違いした。 「学校始まっても金曜日は来れるだろ?」  その言葉を言われたのは夏休みも終わる頃。通常の塾のスケジュールに加えて夏期講習も受けたため平日に貴之の部屋でゆっくり過ごす時間が思ったよりも少なかった事が気に入らなかったのだろう。  一度は落ち着いたはずなのに無意識に出してしまう健琥の名前に苛立ち酷く抱かれることも有り、理由を付けて部屋に行く回数を減らしたことにも薄々は気づいていたのかもしれない。 「学校始まったら貴之だって予定ができるでしょ?」 「律希が塾から帰る頃には俺だって帰ってきてるし」 「約束はできないけどたまになら」 「金曜日はゆっくりできないから土曜日も来れるよね?」  ボクの言葉に被せる言葉は夏休み中の爛れた生活をそのまま続けたいという貴之からの意思表示。  金曜日の夜におざなりに抱かれ、土曜日には前夜の名残の残る身体を貪るように抱かれることを繰り返し、ボクの身体は驚くほど貴之に従順になった。  触れられれば反応するし、快感を拾うのも上手くなり苦痛は薄れ、リードする余裕も、演技する知恵もついた。  ポカリと空いたままの気持ちを持て余し、それを埋めるように楔を打ち込まれるのを待つボクは、期間限定の関係だと自分に言い聞かせて何度も貴之を受け入れる。  進路を変えようとは思わなかった。  貴之が今でもそれを望んでいるのは気付いていたし、〈健琥〉の存在を面白く思っていないのは事あるごとに伝わってくる。  健琥とは毎日会うのだから金曜の夜と、土曜日に身体を重ねる時間だけは自分のものでいて欲しいと言われて仄暗い喜びを感じてしまう。  このままボクに縛り付けられて、ボク以外に目を向けないで欲しい。そう思えば毎週末抱かれるせいで疲れた身体だけど、無理をしてでも自習は怠らなくなる。  近くの学校に進路を変えて仕舞えば〈手に入った〉と思い、執着が薄れるかもしれない。遠くに行ってしまうと思えば〈手放したくない〉と執着し続けるだろう、きっと。 「一緒に暮らすようになれば律希のこと抱いたまま寝れるのに」 「そのためにボクが今、頑張ってるんだよ」 「本当は離したくない」 「ボクだって、本当は離れたくなんかない」 「一緒に暮らすようになったら朝まで寝かさないけどね」 「お手柔らかに」 「早く一緒に暮らしたい…」 「いつかね」  甘い約束。  叶わなかった、叶えたかった約束。
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