ポケットの名刺

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 父が死んだことを聞かされたのは高校三年生の一学期。桜がすべて散ってしまって青々とした葉桜を楽しむ季節。  新学期の緊張感も吹き飛んでしまうほどに、突然すぎることだった。  大量の酒と薬は、父が事故死でも病死でもないことをごく丁寧に伝えてきた。何の説明も要らないような最期だった。  そして、父が死んだ場所は僕も初めて訪れる所だった。  父は、一人暮らしをしていたらしい。父は僕と母が住んでいない方の自宅で死んでいた。  大家からの連絡を受け、母と僕がそこへ辿り着いた時にはもう息はなく、大家が呼んだ警察も母と簡単なやり取りをして帰って行った。  僕は、布団の上に寝かされた父の顔を眺めていた。  発見が早かったのは、ゆるやかに転がり落ちながら生きる人々に親切な家賃で部屋を提供している大家さんの、長年の経験から培った勘のおかげらしい。  なんだか悪い予感がしてね、と気の毒そうに母にお悔やみの言葉と原状回復についてのご案内をやんわり伝えている大家さんの話によるとそうだ。  だが、実際のところは酔った父による騒音苦情がたびたび入っていたのでこの日も話をしに行ったところ玄関が開いていて、不審に思って覗き込んでみたら注意をする前に静かになっていた住人を発見したとのことだった。  泣き崩れる母と違って、僕はなんの感情も湧かなかった。  通夜の場でやることのなかった僕は、ボストンバッグ一つに十分収まってしまうほど少なかった父の遺品を一つずつあらためていった。  うん、やめておけば良かった。適当にざっと見れば良かった。  なんかいらんもん見つけてしまったんだが。
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