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絶対に仕事上で交換されたものではないであろう名刺が一枚、父の服のポケットから出てきたのだ。
ピンク色でキラキラの蝶々が舞っていらっしゃる。絶対にビジネスマンが持っている類の名刺ではない。絶対に男の名刺ではない。スーツ着たおっさんが『マユマユ』なんて名前の名刺を渡してくるはずがない。
考えられることは一つだ。
父は浮気していた。
いや、さすがに早計か。大人の男ならばきっと付き合いでそういう店に行くこともあるのだろう。きっとそうだ。その時貰ったものを捨て忘れていただけだ。
とにかく母には見つからないようにしよう。
僕はそれを自分の服のポケットに入れた。そういえば、結局一度も高校の制服を父に見せなかったな。
いつからだったか。あまり帰ってこなくなった。それでも、ごくたまにふらっと帰ってきて母と普通に話していたりするものだから、実は別居していたなんてことも知らなかった。
その上、父には借金があったらしい。
父の葬式後、僕と母は家庭裁判所へ出向き、僕に相続放棄の手続きを取らせた。借金の相続人となることを防ぐためだった。
狭い部屋で、テーブルの向こう側の知らないおじさんとおばさんに、名前と現住所を聞かれた。僕はそれに答えた。
それだけで父から血以外は何も受け継いでいない息子となった。
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