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2-13 ハクヨウの薬
(夏至祭に出会ったジョシューの幻影に、身を委ねて、わたしの元へやってきた赤ちゃん、、)
長い睫毛を伏せて眠るシルビーの顔を撫ぜながら、後宮の妃達に薬を処方するエナリーナの横で、ニアは思いを馳せる。
自分にこの赤子を育てる事が出来るのかと、今更ながら思ったのだ。
夏至祭の夜。
仮面の下にジョシューの面影を錯覚した相手は、かつての想い人では無く、よりにもよって自分達を迫害する公爵令嬢の婚約者・ウイルザード皇太子だったのだから、産まない選択もあったのにと。
「これ、、避妊に効くハクヨウの香りね。」
エナリーナが鍋で作る独特の薬の香りに、遠く覚えがあったニアは呟いた。
「!!まあ!、、ニアって薬の知識もあるの?その通りよ。ハクヨウとヌリゴなのだけれど、王後宮から大量に作るようにって言われていて。」
「キャラバンでも、、よく香りがしていたからよ。」
どうやら前世で嗅いだ匂いに間違いはなかったらしい。ニアはエナリーナに、苦笑して見せた。
「、、キャラバンは特に必要だから、、なるべく多めに後宮でも用意しているみたいだけれど、間に合わないから、新入りにも処方がきたのよね。」
エナリーナでさえ、己が処方する薬を飲んでいるのだろうなと、ニアは薄っすらと親友の横顔を盗み見る。
そして、幾つかの前世であった出来事を頭に浮かべた。
「それは、、生前退位のせいかしら。」
そうして浮かんだ事柄と、エナリーナの鍋の横に並ぶ、常備薬の数を凌駕する薬入れを見れば、其の意味はただ1つだと、ニアは感じた。
「あ、あ。そうね、そうだと思う。現王様にこれ以上王位継承権がある子供が増えない様にする為ね。なら王後宮をすぐに閉めればいいのに!」
手を止める事なく、エナリーナがニアの言葉に、閃いたが如く考えを述べた。
そして、入ったばかりの薬女官に、王の後宮へ届ける避妊薬を急ピッチで依頼する状況を、後宮薬師エナリーナは悲鳴を上げるのだ。
ただでさえ、ランダがキャラバンに薬を届ける為に遣いを出してくる日の翌日は、気怠げにしているエナリーナを、ニアは良く理解している。
「、、わたしも、エナリーナに作ってもらうべきだったのよね、、、」
何がとは、敢えて口にはしないままに、ニアが漏斗へと薬を注ぐと、薬の香りが立ち昇った。エナリーナの部屋に居る時には、ニアも手伝いを買って出るのだ。
「ニア、、でも、可愛いシルビーが来たのは喜ばしい事だと思うわよ。巫女として後宮に、シルビーも連れて入れたのだし。」
生まれた時に、ニアの道成らぬ情事を問い詰めた切り、エナリーナは余計な詮索をしなくなった。だからニアもエナリーナに、かつての婚約者エリオットの話は聞いていない。
「そうね、奇跡だと感謝しなくちゃ。」
訳ありの、傷物令嬢2人が再びリュリアール国に足を踏み入れる事があるかは、今の状況からは難しい。
ニアに至っては領土エンルーダからも逃げて来た身。この先も、赤子を連れて生き延びれるのかさえ分からない。
(ジョシューではなく、ウイルザード殿下の子だけれど、やっぱりシルビーは、大切なわたしの子供。)
エナリーナが作り上げた薬が、ニアの手から容器へと入れられていく。
部屋に立ち込める、ハクヨウの艶めく香り。
前世で、
上位貴族の子嬢だったジョシューとエリザベーラは、幼少に婚姻した為、他の貴族子と同じく閨教育も早々に行われ、男女事に早熟だった。
(ジョシューも、わたしも、お互いの身体しか知らなかったのに。)
逢瀬の時、貴族の婚前情事に世間は忌避感は無い変わりに、男女共に飲用する避妊薬が当たり前に使われていた。
婚前に妊娠をする事は流石にタブーだと、ジョシューもエリザベーラも服用していた、ハクヨウの薬。
(けれど、平民だったフローラがジョシューの子供を身籠った。学院でのジョシューは、、薬を飲まなかった、ということ、、、)
以後、転生を何度も繰り返したニアは、婚約をしても情事に及ぶ事を避けた。というよりも、貴族の婚姻は従いながらも、恋愛心そのものを見ない振りをしてきた。
「巫女ニアはこちらか?」
鍋の液体を全て、分け終わる頃、薬部屋の間口に、白の女官服に『ヒレ』を着けた衣装の女が立った。
「そなたに送り巫女として初の仕事の命が下りた。付いてくる様。」
ニアは、エナリーナと顔を見合わせる。後宮に入って初めて、ニアに仕事が来たのだ。
「子供も連れてよかろう。直ぐに。それと薬師エナリーナの其れは、他の侍女官が参るゆえ。」
せっつかれる様に、ニアはシルビーを抱き上げ、エナリーナは慌てて、容器に蓋をしていった。
砂漠の広大なオアシスを中心に形成される国・ドラバルーラの宮殿は、大きく4つのエリアに分かれ、其の1つにニア達が住まう皇子後宮が用意されている。
(現ドラバルーラ王が生前退位の宣言をしたから、皇子後宮が準備されて、わたし達が集められたってマートが教えてくれたけれど、、、思ったより早く処理が出来るかもしれない。)
眠る我が子シルビーを胸に抱えながら、白の女官服を着ているニアは胸元の抑えつつ、先立って案内をしてくれるの侍女官の後ろを歩いて行く。
エナリーナが薬を処方する部屋に、入り浸っていたニアの処へ、侍女官がやって来たのは、メルロッテが薬部屋を出てからどれぐらいの刻が過ぎただろうか。
(何時の時代でも後宮ハーレムなんて、似た場所になるものだけれど、、、現王の妃達が住まう王後宮、、かしら。)
ドラバルーラの後宮で、女官は平民でも成る事が可能という。だからこそ、攫われ売られた境遇のニアやエナリーナ達が女官になれたのだ。
けれども王妃に使える侍女官は貴族籍がなくては成れないらしい。
(とにかく死体置き場に入れば、なんとか精霊送りが出来るはず。この先、、?)
複雑な経路を、迷う様子もなく案内の侍女官が、象徴である『ヒレ』を揺らしながら歩くのを、必死に追いかけニアは『何か違和感』を覚えるのだが、今はグリーグから託された『ガラテアの核』の処理の仕方が大事だ。
何故ならば、、『大魔法師ガラテアの核』は国家機密並みの情報が蓄積されている。何よりも山の人であるランダが巨大木の上で、ニアに言って聞かせた話は捨て置け無い。
『魔女は核石を欲しがる。魔獣、魔法使い、そして恋人達の石を。』
『人の核石に手を出すのは、魔性の女だ。』
加えてランダは、魔獣戦の時には、女が居たとも言っていた。ここまでくれば前世の繰り返しからも、エンルーダに火種を持ち込んだ人間、しかも女が狙ってくるはず。
(魔獣戦が起きた原因が、ガラテアの核石だとしたら、いつまでも持っているのは危険でしょうね。)
何度も処刑されてきた運命を、逃れる為に過ごしてきたニア。
ならば、エンルーダの精霊師として、ガラテアの核石を、精霊界に還すのが一番安全だと考えたニアは、ガラテアの核石を浄化し、無事に精霊界送りをしたい。
(此の核石は早く浄化すべきだけれど、送りの儀式は目立ち過ぎるのが、難なのよ。)
後宮は人目が途絶える事がない場所だとは、前世から十分に心得ている。
ニアは服に仕舞った『ガラテアの石』をシルビーと共に、緊張した面持ちで撫でた。
それを侍女官は勘違いしたのだろう。
「怖がらずともよいが、巫女ニアと其の子シルビー。此処が、件の宮。弁えて、頭を垂れるように。」
「、、、、」
気が付けば、より豪華な装飾をされた柱の並ぶ場所へと出された。
「巫女ニアは、面をあげよ。幸運にも王子より直接、御言葉が下される。」
後宮は女のみが入る場所であり、其の中へ入場出来る男は、只1人。
後宮ハーレムの王となる、ドラバルーラ王子だ。
「!!!!」
(貴方は!!)
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